出版が決まった時、『天空戦記シュラト』の脚本家陣に、もちろん文章もうまい人たちなので「小説版を書きませんか?」と言いに行ったのですが、みんな「そういうのはいいよ」とおっしゃったんですね。その数年前にアニメ映画『ガルフォース』(1986年)の脚本を担当した富田祐弘さんが、角川文庫で『ガル・フォース―赤い悪魔のサンバ』という小説を出されていたので、「そういうのはアリなんじゃないか」と僕は思ってお話ししたのですが、まだそういう時代ではありませんでした。
「あれっ」と思って、「じゃあ、これ僕が書いていいですか?」と言ったら、周りもすんなりと「ああ、書けば」ということになったので、僕が『天空戦記シュラト』の小説を書くことになったのです。
すると、この小説がなぜか売れたんです。そして、さらに青磁ビブロス(現ビブロス)から、「『天空戦記シュラト』の二次創作作品を集めたアンソロジー本を出したい」という依頼がきました。文芸だった僕も最初、何のことか分からなかったのですが、「権利金さえ払えばいいですよ」という話になって、アンソロジー本が出て、最終的には30冊ほど出版されました。後から見たら、男同士でキスしていたりしたのでビックリして、「おいおいおい」となったのを覚えていますが(笑)。
また、その前のアニメ『赤い光弾ジリオン』(1987年)からお付き合いしていたキングレコードと組んで、『天空戦記シュラト』のCDを出すことになりました。普通のサントラ盤とかかなと思っていたら、キングレコードの大月俊倫さんというプロデューサーが「ちょっと変わったことをしたい」と言って、天空界かくし芸大会と銘打って、キャラクターがかくし芸をやって笑わせるという内容になりました。『天空戦記シュラト』は真面目な話だったので、明らかにバラエティのノリになることに「えっ、そんなことあるのか」と思ったのですが。
『天空戦記シュラト』ではそういう展開を行ったのですが、それぞれがすごく売れたんですね。しかし、統一感がまったくありませんでした。
そしてその後、「誰かが同じようなことをやるのかな。タツノコプロはそういうことを今後ずっと続けていくのかな」と思って見ていたのですが、そういうことにはなりませんでした。そこで、「これはもしかしたら自分がやれるのでは」と思い、『NG騎士ラムネ&40』(アニメは1990〜1991年)という作品では、僕がスケジュールを組んで、小説などへの展開をやってみようと思ったのです。
『NG騎士ラムネ&40』のアニメが始まった当初はできなかったのですが、最後の方になってOVA※の話が出始めたころに小説を仕掛け、キングレコードと組んでCDドラマも出したところ、これが本当にすごい数字を叩き出してくれました。小説は普通に何十万部も売れるし、CDドラマも10万枚単位で売れて、5万枚超えは当たり前のような感じになって、「こういうやり方があるんだなあ」と僕はそこで認識しました。
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