「前向きに考えようよ」という社長に、注意せよ!吉田典史の時事日想(2/3 ページ)

» 2010年12月24日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]
小説家という職業』(集英社新書)

 こういった経営者は他の業界にもいる。私の印象なのだが、この10数年で増えたように思える。例えば、契約社員が契約の更新時に賃金や労働時間などを決めようとしたり、正社員が職場環境の改善を求めると、彼らは「前向きに考えよう」という言葉を持ち出す。

 初めはある程度、社員らの言い分を聞くのだが、自分が不利になるとこの言葉を使い始める。そして、その社員があたかも「後ろ向き」な性格や「ネガティブシンキング」であるかのように話を作り込んでしまう。経営者である自分は正しく、部下である社員たちが悪いという単純明快な構図である。このほうが周囲の社員を抱き込んで、その社員を包囲しやすいと察知しているのだろう。

 私は会社員経験の浅かった30代前半までくらいはその世論操作にあやつられ、賃金などについて話し合おうとする人を斜めに見ていた。しかし、ある本を読んでいるときにひらめくことがあった。それは、作家・森博嗣さんの著書『小説家という職業』(集英社新書)。本の中でこういう記述を見つけた。

 「ところで、人間というのは、自分が弱い部位を、相手に向かったときも攻める傾向がある。自分が言われたら腹が立つ言葉を、相手を攻撃するときに使う。その言葉にダメージを与える効果があると感じているからだ。したがって、悪口を言ったり、苛めたりする人間は、自分が悪口を言われたり、苛められたりすることを極度に恐れている。苛める方も、苛められて傷つく方も、この点で共通している」(87ページより抜粋)

 これは、小さな会社の経営者が使う「前向きに」という言葉に置き換えることができると思ったのだ。確かに彼らは、自分に何かを言ってくる社員を攻撃するときに「前向きに考えようよ。ポジティブシンキングにならないといけない」といった意味合いの言葉を使う。

 森さんの考えに従うと、その「前向きに」といった言葉、言い換えれば「後ろ向き」であることがいかにマイナスであるかを経営者自身がよく分かっているからなのだろう。きっと、自分がそのようにレッテルを貼られることを極度に恐れているからこそ、執拗(しつよう)に「前向きに」と持ち出すに違いない。この言葉を全く意識していないならば、わざわざ使うことはしないだろう。

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