なぜ売れる? 「パナソニック・ナノケア」の謎を探るそれゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2010年12月22日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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現代のイノベーションの要件は時間?

 効果が実感できるようになるには、「ナイトスチーマー ナノケア」は「2週間継続使用時」、「デイモイスチャー ナノケア」は「1日約2時間を2週間使用した場合」という条件が付いている。デモ機でちょっと試したぐらいでは効果は実感できない。効果の元(=スチーム)も目に見えない。だが、売れているのだ。なぜだろうか。どんな価値が「見えないこと」を補完しているのだろうか。

 その理由を、5月26日付産経新聞・大阪版夕刊の記事で見つけることができた。「流行をつかめ! ビジネス最前線」というコラムだ。パナソニックは「高温のスチームを発生させる美顔器を販売し、2けた成長を続けていた。しかし、爆発的な売れ行きにはならなかった」と記事にある。前出の1機種、「スチーマーナノケア」のことだろう。消費者調査をしたところ、「使い続ける自信がない」との声が多く寄せられたという。1日15分、美顔器の前にじっと座っていることができないというのだ。そこで同社は「寝ながら美容」というコンセプトを考えたという。

 忙しい現代社会において、「顧客満足」を獲得するための大きな要素の1つは、「Time saving」だ。2009年のヒット商品番付にも載った花王の洗濯洗剤「アタックNeo」は洗濯の「すすぎ」を従来2回必要なところを1回で済む「泡切れの良さ」を実現し、「家事時間10分間短縮」という効用で大ヒットとなった。最近、テレビCMや交通広告でも数多く露出している、「家庭用自動掃除ロボット・ルンバ」も「お掃除するのは、ルンバの仕事」と、掃除からの解放という「Time saving」を訴求している。

 「顧客満足」を真の満足にさらに高めるためには、「Time saving」だけではまだ不十分だ。パナソニックも、「寝ながら美容」を機能的に実現したものの、「情緒的価値」が必要であると考えた末に、本体の「球形のデザイン」に行き着いた。

 産経新聞のコラムでは、「あの丸いの、ください」と30代のOLが大阪市内の家電量販店に来店した時の様子を伝えている。パナソニックビューティー・ヘルスケア商品チーム主事、山田詩織さんという担当者は「女性は丸い形に癒やされる。理屈じゃないんです」と、組み立てがしにくいという開発チームの意見を説得したという。

 利便性の提供という「Time saving」を達成したら、さらに「Peace of mind」という「癒やし」を提供する。そこに至って初めて、真の満足を提供することができたことになる。「ナイトスチーマー ナノケア」は2008年11月の発売から2010年3月までの累計で35万台を売り上げ、当初計画である月1万台の2倍を上回る好調ぶりだという。

 2009年11月6日付日経産業新聞のコラム「デザインここで勝負」に、「デイモイスチャー ナノケア」に関する記述がある。「ナイトスチーマー」の成功体験を生かし、「仕事場でのデスクワーク中に肌を保湿する」ための商品として2009年11月1日に市場に投入された。

 パナソニックでの立役者は、前出の山田詩織さんである。「ながら美容」という言葉が全商品で浸透し始めたところで、その定着を狙い、「ナイトスチーマーをそのまま小さくしたような形に決めた」という。山田さんは2商品について「姉妹のような感じで使ってもらいたい」と語っている。事実、Amazonで「ナイトスチーマー」か「デイモイスチャー ナノケア」を検索すると、もう一方が「よく一緒に購入されている商品」として表示される。狙い通り、「クロスセリング」が成功しているのである。

 製品の使用感や効果については、パナソニックのサイト内の「購入者の声!」というコンテンツだけでなく、「カカクコム」やさまざまなサイトでユーザーの生の声で確かめられる。だとすれば、重要なのは「スチームが見える、見えない」ではないのだろう。まして、オフィスで使用しようと思ったら、デスクでもくもくとスチームを発生させるわけにはいかない。「目には見えなくても、いつでも自分をケアしてくれている、しかも時間を有意義に使える」という感覚が大切なのだ。

 ロジャースが「イノベーション普及論」を記してから40年が経っている今日、忙しいながらも癒やしを求める現代社会に暮らす人々のKBF(Key Buying Factor=購入要因)は、彼の想像をはるかに超えたものになっているのである。

 特に「Time saving」「ながら美容」に見られるように、時間を切り口にした商品やサービスはまだまだ未開発の領域が多く、イノベーションの余地が多く残されている。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。

「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。


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