日本企業がグローバル超競争で勝ち抜くために必要なこと――A.T.カーニー梅澤高明日本代表(5/9 ページ)

» 2010年12月14日 08時00分 公開
[GLOBIS.JP]

国内のシェア争いに経営資源をつぎ込む日本企業

梅澤 こういったグローバル競争の大きな構図があるなかで、日本勢はなかなか勝利できていないことは、電機および食品業界の例で先ほどご紹介した通りです。その理由の1つとして知っておいてほしいのが、それぞれの国が拠点としているホームマーケットの構造です。

 まず、縦軸に液晶テレビや原子力といった最近注目されている産業セクターを、横軸には日本、北米、欧州、アジアといった地域を並べてみましょう。ここでそれぞれのセルに主要プレイヤーを記していくと、例えば液晶テレビは北米でVizio1社、欧州でPhilips1社、アジアでSamsungとLGと、数は限られてきます。しかし日本のセルにはプレイヤーの名前がたくさん入ってくる。さらにひどいのは鉄道ですね。実に多くのメーカーが1つのセルでしのぎを削っています。ちなみに世界の鉄道車両における日本のシェアはたかだか1割。1割しかとれていないのにこんなにたくさんの会社があるんです。最近注目を集めている水ビジネスでも同様です。

 これは日本市場がそれなりに肥沃だったということもあるし、日本市場固有の要件に対応できるのが日本メーカーだけだったという背景もあるでしょう。しかし日本市場が伸びている時代ならまだしも、これから先さまざまなセクターで市場が縮んでいく国内にあって、これほど多くの会社がシェア争いをしている状況で本当に問題ないのでしょうか。これについては我々も経産省と色々と議論しました。その結果として、産業構造ビジョン2010には「国内の産業再編を進めるべし」という色合いが相当強く出ています。

 ちなみに韓国と日本で、主要企業1社当たりのホームマーケットの規模を比べてみると、ほとんどの産業で韓国企業が日本企業のそれを上回っています。これは何を意味しているか。韓国企業は産業再編によって国内市場の寡占状態をつくりあげ、国内マーケットを“キャッシュフローを得る場”に位置付けているということです。そのキャッシュフローが新興国を中心としたグローバル展開の原資になっている。そういう循環を、韓国はIMF危機以降、国をあげて作ってきたんですね。しかし日本企業の多くは残念ながら、いまだ国内の市場競争が激しいので持てる経営資源の多くを国内シェア争いに投下している。国内で稼いだお金を海外に投下する好循環になかなか入ることができていません。

シンガポールが象徴する苛烈な「War for talent」

梅澤 以上、本日1つ目の大きな視点ということでグローバル超競争に関するお話をしました。ここからは、2つ目の問題提起に移りましょう。人材です。グローバル競争は市場や顧客をめぐる競争であると同時に、実は人材をめぐる企業または国家間の獲得競争でもあるということです。ここでは人材戦略という意味で長年トップランナーだったと私が考える、シンガポールの事例を見ていきましょう。

 シンガポールの人材戦略は簡単に言うと、自国民を徹底的にアップグレードすることと、世界中の有能なタレントを一本釣りでどんどん連れてくることの2つで成り立っています。自国民のアップグレードという側面では、例えば高学歴女性の出産奨励政策があります。これは平たく言えば、「子どもをたくさん産みたいのであれば高学歴になりなさい」という政策です。こういった政策は時期によって色々と変遷していますが、1980年代以降で言えば大学院卒以上となる女性のご子息は優先的に初等教育を受けることができるという政策がありました。減税の措置も受けられます。逆に学歴の低いカップルには、例えば3人目の子どもから重税を課すなどの、過激な政策が実施されたこともありました。

 もちろんこれには「人道的にどうなのか」という声があるでしょう。日本で政治家がこんなことを言えば袋叩きになります。政治家でもない私だからこんな話もできるのですが、とにかく自国の人材を強化するためにここまで徹底した政策を打っている国も世界にはあるということです。それとどう戦うかがまさにグローバル競争における1つのポイントにもなっていきます。

 それから国際人材プログラム。「manufacturing 2000」と呼ばれていた1990年代のシンガポール産業政策は、エレクトロニクスと化学を国策で育てようというものでした。この2つの産業を中心にして、シンガポールは1990年代、国が企業団をひき連れて欧米のキャンパスにリクルーティングツアーを行っていました。そこでオファーを出した学生に対しては政府が入国、住居、渡航など諸々の便宜をはかり、その場でギャランティも出す。そんな力の入れようでした。

 さらに2000年代に入ると、今度は世界中からノーベル賞級の頭脳を一本釣りでシンガポールへ連れていくという政策をとりはじめた。今年、堀(義人・グロービス経営大学院・学長)さんがやっているG1サミットに、日本を代表する科学者の方々も何人かいらしたので、そこで「海外からお誘いが来ていませんか?」と聞いてみたのですが、やはり多くの方々が「あ、シンガポールから来たよ」とおっしゃっていました。

 世界はこうして激烈な人材獲得競争をしています。日本からノーベル賞級の先生が出ていくこと自体を悲しむ必要はないのかもしれませんが、とられる一方だったら日本は滅びます。人材も取り合いなんです。少なくとも取られるのと同じ数、あるいはそれ以上を日本に吸引出来るような研究環境を、国内に持つべきではないでしょうかという問いかけが生まれます。

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