彼は、名前を「ルンゴさん」という。普段は白い歯を見せて人なつこく笑うが、いざ野生動物の棲息地に入ると目つきは一気に険しくなる、プロのサファリガイドだ。
猟銃を片手に先頭に立ってブッシュの中を分け入り、かすかな物音も聞き逃さず、危険を感じると「ここで待ってろ」といって自ら偵察に。足もとに落ちている白い骨を拾って「バッファローの赤ん坊が食われてる。ライオンだな」といい、大きめの岩に上って遠くを見つめる。そして「いたぞ、ライオンだ」と指をさして教えてくれたのは、何と3キロも先の平原だった。そんなもの、われわれには見えるわけがない。カメラの望遠ズームをいっぱいに伸ばしてみて、ようやくそれらしき姿が確認できる。彼の視力はいったい、いくつなのか?
ルンゴさんは途中、いきなり立ち止まってわたしのほうを振り返った。地面に転がっているのは、淡い色の巨大な糞だ。その1つを素手で拾い上げると、彼はわたしを見てニヤリと笑う。
「アタマ、痛くないか?」
「アタマ?」とわたしは言葉を返した。「いや、別に。なぜ急に──」
「頭痛がしたら、水をあげるからこれを少しちぎって飲め」
つまらない冗談を──と思ったら、冗談ではなかった。これはゾウの糞だそうだ。ブッシュの中にはさまざまな野生の薬草が生えていて、それをゾウが食べ歩く。ゾウの身体の中で何種類もの薬草がミックスされ、排泄されたものは、アフリカでは主に頭痛薬の原料として使われると彼は説明してくれた。
ウォーキングサファリは行動範囲が限られるので、クルマで行動するときのように間近で動物を見ることはできない。しかしクルマからでは分からない、アフリカの自然そのものを身近に感じることができた。これまでいろんな国の、いろんな人たちがルンゴさんの案内でこのクルーガー国立公園の動物保護地を歩いたことだろう。明日はどの国の人たちが彼にゾウの糞を突きつけられ、アタマが痛くないかと問いかけられているのだろうか。そう考えたら、おかしさがこみあげてきた。
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