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» 2010年11月24日 08時00分 UPDATE

それゆけ! カナモリさん:ルミネ、西武有楽町跡に自信の出店のワケは? (1/2)

12月末に閉店する西武有楽町が入っている有楽町マリオン。その大家である朝日新聞と松竹は10月末に後継店として駅ビル運営の「ルミネ」を選んだという。その背景はなにか。有楽町はどのように変化していくのだろうか。

[金森努,GLOBIS.JP]
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それゆけ! カナモリさんとは?

グロービスで受講生に愛のムチをふるうマーケティング講師、金森努氏が森羅万象を切るコラム。街歩きや膨大な数の雑誌、書籍などから発掘したニュースを、経営理論と豊富な引き出しでひも解き、人情と感性で味付けする。そんな“金森ワールド”をご堪能下さい。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2010年11月19日に掲載されたものです。金森氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


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 「有楽町マリオン『西武』跡に『ルミネ』新店−2011年秋オープンへ」(2010年11月11日:みんなの経済新聞ネットワーク・銀座経済新聞)

 上記の記事には、家電量販店大手「ヤマダ電機」が出店へ意欲を見せたことなども報じられ、今後の展開に注目が集まっていたと記されているが、ほかにも、三菱商事や住友商事などの商社、三井不動産などのデベロッパー、そしてイオンも手を挙げていた。大家である朝日新聞と松竹の決め手は何だったのだろうか。

 上記記事と11月11日付日本経済新聞夕刊コラム「ニュースの理由」にその答えが記されていた。タイトルは「ルミネ、有楽町に来秋出店」とある。ルミネが提示した出店条件は大家側にとって最上ではなかった(主に賃料の面で)というが、それにも関わらず選ばれたのは、「駅ビル変身、手腕に白羽」という記事のサブタイトルが示す通りだ。有楽町西武が開店したのは26年前。1984年、日本がバブルに足を踏み入れた時だった。その当時の駅ビルは商業施設としての館の統一感が取れておらず「ダサイ場所」に近かった(同・日経記事)とある。それを今日のように大変身させたのが、大家から「白羽の矢が立った理由」である。

 ここで背景を押さえたい。「高級」路線をウリにオープンした西武有楽町店の閉店が象徴的だが、ここ数年で閉店した百貨店は多く、生き残りをかけた経営統合も相次いだ。日本百貨店協会が発表している「平成22年9月 全国百貨店売上高概況」という速報を見ると、地域別はすべて対前年マイナス。商品別でもサービス、商品券、その他以外すべてマイナス。壮絶な状況である。

 「百貨店」という言葉は「Department store」の訳語だ。本来直訳すれば「部門商店」だが、「何でも揃っている」との意を込めて「百貨」の文字が用いられている。そして、日本百貨店協会が設立されたのが1948年。第二次世界大戦終戦の3年後だ。その後、戦後復興期(1945年〜1955年)、 第一次高度成長期(1955年〜1965年)、第二次高度成長期(1965年〜1970年)と歴史は進む。

 モノがない時代から、モノが大量に生産され、大量に消費されていく時代への変遷。「迅速な生産と供給」がビジネスの成功のカギ(KSF=Key Success Factor)であり、作れば売れる、並べれば売れた時代であった。百貨店は「小売の王様」と呼ばれていた。1973年、1979年の2度のオイルショックもあり、1970年代は低成長安定の時代とも呼ばれたが、消費は1986年からのバブル景気で頂点を迎えた。

 西武有楽町店の入居した有楽町センタービル(マリオン)の開業が1984年。当時は「迅速な生産と供給」から、商品や広告での差別化へと企業課題が変化した。誰もが同じモノを欲しがった時代から、「十人十色」や「一人十色」といわれた「多様な消費」に応えた百貨店の最後の黄金期である。

 1991年にバブルが崩壊し、1993年から本格的な不景気、いわゆる「失われた10年」に突入し、消費は低迷した。モノが売れない環境で、「百貨」を揃えることは弱点となる。その頃から、取扱品目を絞った「七十貨店」や「三十貨店」という考え方が台頭してきた。事実、有楽町西武は延べ床面積が狭いこともあり、 1995年にレディースファッション特化の戦略に転換した。

 この一連の百貨店の歴史と消費者の変化に、百貨店凋落の原因と、ルミネに寄せる有楽町マリオンの大家の期待が隠されている。

 そもそも、「百貨」を揃える意味は、高度成長期までは、「誰も欲しがるモノを、何でも揃えること」だ。その結果、「店に品物を並べれば、さまざまなものが売れていった」のだ。バブルの頃には、「目の肥えた消費者がやってきても、多様な消費にマッチするものが、店に必ずあるようにすること」が百貨の意味となったのだ。

 極論すれば、「百貨」を揃えていれば、「誰が・どんな理由で・何を買うのか」を詳細に突き詰めなくともよいわけだ。では、環境が変化し、「百貨」が弱点になって「七十貨」や「三十貨」に絞り込んだ時、それは詳細に突き詰められたのか。

 誰が=Target、どんな理由で買うのか=Key Buying Factor(KBF)が分かれば、どのような店にすればよいのかという位置付けや、魅力の打ち出し方=Positioningが明確になる。それができたルミネと、できなかった有楽町西武を始めとする、多くの百貨店の命運を分けているのだ。

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