“漏れ”すぎた捜査情報……尖閣衝突事件を振り返る相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年11月18日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を巡る海上保安庁からのビデオ動画流出問題が、依然尾を引いている。捜査当局は神戸海上保安部の男性海上保安官を確保したものの、逮捕はせず、任意の事情聴取を続ける方針を示した。流出元とされる海保保安官の守秘義務を巡る法解釈、あるいは公判維持の困難さなどは他の専門家にお任せするとして、今回は全く別の視点で一連の騒動を見てみたい。

 衝突事件問題がここまで長期化したのは政権の舵(かじ)取りがつたなかったことは明白だが、これに思わぬとばっちりを受けている向きが存在する。困惑しているのは、現場の捜査関係者たちだ。なぜ彼らが困り顔なのか。

政権不信が招いた副作用

 「こんなに捜査の詳細をさらされたら、現場はたまったもんじゃない」(警視庁ベテラン捜査員)――。

 東京地検、警視庁・沖縄県警合同捜査本部が一連の動画流出事件を捜査する間、こんな声が筆者に届いた。

 さまざまなメディアの報道によれば、東京地検はYouTubeを運営するグーグルから動画を投稿した人物を割り出すため、IPアドレスなどの登録情報を差し押さえ令状に基づき押収した。結果、IPアドレスを割り出し、共同で捜査している警視庁の捜査員が神戸市内の漫画喫茶を特定した。その後、報道陣を巻き込んで、当該の神戸の現場が大騒ぎになったことは多くの読者が記憶しているはずだ。

 筆者が記すまでもないが、新聞やテレビの報道では、セキュリティー専門家の意見も交えつつ、どうやって衝突事件の画像がYouTubeにアップされたのか、詳細に伝えられた。この間、捜査員がどのようにこれを割り出したのかも明らかにされたのだ。

 筆者は実際に担当捜査員や担当幹部職員にネタを当てたわけではない。また、記者会見で事実が開示されたのか、あるいは夜回りで情報が漏れたのか、その詳細を知る立場にはない。ただ、マスコミ業界に長く身を置いてきた者として、今回の騒動には強い違和感を覚えているのだ。つまり、捜査情報が事細かくマスコミに流れ過ぎているとの印象が強いのだ。

 ここで冒頭の捜査員の言葉である。筆者が接触した捜査員は、今回の事件の担当ではない。ただ現場捜査員が驚くほど、事件の情報がマスコミに流れ、これが広く国民に伝えられているのだ。筆者、そして現場捜査員の何割かは、一連の“詳細な捜査情報の提供”が、上層部による保身だとみている。

 先週の本コラムでも触れたが、現政権に対する霞ヶ関のアレルギー反応は一般の読者が感じているよりも遥かに強い(関連記事)。もちろん、検察・警察当局も同様だ。

 ここからは筆者の取材で得た感触、そして想像であるが、事件捜査の詳細を明かすことにより、検察・警察当局は現政権からハシゴを外されないよう、あらかじめ保険をかけているように見える。つまり、“ここまで調べを尽くしましたが、逮捕には至りませんでした”という予防線を張っただけだと思えてしまうのだ。換言すれば、公判維持が難しいと分かっていた上で、政府中枢の命令には背けず、アリバイ的な捜査を行ったのではないか。

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