中高年がリストラされれば若者は救われる?ちきりんの“社会派”で行こう!(1/3 ページ)

» 2010年11月15日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん(Twitter:@InsideCHIKIRIN)。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2008年12月11日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 若年失業者問題に絡んで、「企業は高給の中高年を解雇できないから、新卒採用を抑えて総人件費を下げ、足りない労働力を非正規雇用でまかなっている。従って、若者の正社員採用を増やすには、中高年をリストラしやすくする必要がある」という意見があります。これを“意見A”としましょう。

 それに対して「中高年は家族を養っている。彼らがリストラされたら、その子どもである若者が大学に行けなくなる」「解雇を容易にすると一時的には若者の雇用が増えるかもしれないが、若者がいずれ中高年になった時に雇用の安定性を失う」と反対する“意見B”もあります。

 この2つの意見の違いを整理してみましょう。

相違点1:労働分配率を変えるべき?

 Aは「労働者全体に配分される資金は一定」という前提のもとで、「労働者内での資金の分配方法」を問うています。一方、Bは「資本家のお金を、より多く労働者側に配分するべき」という意見です。つまり、AとBには労働分配率に関する意見の相違があります。

相違点2:給与を何の対価と考えるのか?

 Aは「仕事の成果と報酬の関係」を重視しており、若者の失業問題とは別に「中高年の得ている対価が不当に高い」という問題を指摘しています。

 しかし、Bでは「問題は若年者に仕事がないこと」のみであり、中高年の給与が成果以上であることは、何ら問題ではないと認識されています。Bにとって、給与とは仕事の対価ではなく「生活の必要資金を社会機関が個人に分配する仕組み」なので、子どもの教育費やローンを払う必要がある中高年の給与は現在の額で妥当、もしくはまだ不足しているとなります。

 労組は賃上げを求める理由としてよく、「過去1年で物価が●%上昇した」と言います。この言葉が、彼らが給与を何だと考えているか明確に示しています。

 Aから見れば、仕事の成果の集大成である企業業績が落ちれば、賃下げもありえます。しかし、Bから見れば、企業業績が下がっても物価が上がったなら、賃上げを要求するのが当然です。給与を何と考えるか、この点もまったく違うのです。

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