ダマされてはいけない……“対等な労使関係”と言う社長に吉田典史の時事日想(2/3 ページ)

» 2010年09月24日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

カモフラージュとして使う言葉

 結局、わたしの問題意識に経営者は答えなかったので、彼の言っていることは論点のすり替えにしか見えなかった。実は、この会社はそんな理屈を付けるはるか以前のところで、つまずいている。

 この会社の社員数は10人前後。離職率も高いという。売り上げや利益は毎年不安定。つまり、年功序列のベースになる職能資格制度を導入しようとしてもそれができない。もとより、終身雇用にするための人件費を捻出できないので、1〜2年後に会社がどうなるか分からないのだ。

 経営者はこのような弱みを知られないためのカモフラージュとして「対等の労使関係」といった言葉を使っているのではないか。「労使が対等」と思い込んでいるならば、まずは就業規則を整備することである。この会社のそれはあいまいな内容になっていた。あいまいにすること自体が、経営側にとって有利に事を運ぶためだろう。これは、就業規則の作成に関わる社会保険労務士らが証言することである。

美辞麗句に騙される若手社員

 さらに人事評価を社長の「どんぶり勘定」にするのではなく、もう少し明確な基準でそれを社員らにオープンにするべきだ。社員数10人ほどの会社では、大企業並みの評価基準を設けることはできない。しかし、少なくとも社長の一存ですべての評価が決めるようでは、「対等の労使関係」がうさんくさく見えるのも仕方がない。

 ところが、30代前半までくらいの人の中には、こういう美辞麗句に騙され転職をしてくる人がいる。10人すべてが中堅・大企業からの転職組だった。おそらく、前職のときに不満を感じていて、この会社のことが「隣の芝生は青い」という心理で魅力的に見えたのだろう。

 多くの人は30代前半までに、会社という組織の現実を思い知る。労使関係は「対等」とは程遠いものであり、完全な「服従」を強いられるものであることを痛感する。上司にすら、ストレートに意見が言えない。こういう不満を抱え込む人からすると、大企業の人事部でかつて活躍した経営者が「対等の労使関係」と求人広告で話しているのを見ると、「この会社で働きたい」とスーッと引き込まれるのだろう。

 採用マーケティングの観点から見ると、この仕掛けは一定の成功を収めていると言えるのかもしれない。しかし社員はいざ入社すると、幻滅を感じ、早いうちに辞めていく。10人ほどの社員のうち2年で辞める人は5〜6人という。これが、「対等の労使関係」の一断面である。

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