コラム
» 2010年09月03日 08時00分 UPDATE

吉田典史の時事日想:なぜ経営者は「社員と価値観が共有できている」とウソをつくのか (1/3)

経営者が「価値観共有」をうたいながらも、それが現実に実践されていないケースが中小やベンチャー企業で見られると主張する筆者。なぜ、経営者たちは価値観共有をうたうのか、そしてなぜ価値観は共有されないのだろうか。

[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)、『いますぐ「さすが」と言いなさい!』(ビジネス社)など。ブログ「吉田典史の編集部」、Twitterアカウント:@katigumi


 2年前の今ごろ、私は後味の悪い取材をした。それは、躍進する中小企業の経営者へのインタビューだった。その社長は、1時間30分の取材時間中に10回ほど、「価値観共有」という言葉を使った。

 「その価値観とは何か?」と尋ねると、明確な返事は返ってこなかった。ただ、「小さな会社は社長と社員が意識を1つにすることが大切」と繰り返すだけだった。私が疑問を感じたのは、「社員と価値観を共有できるかをどのように判断するか?」と聞いた時の回答だ。

 「新卒の採用試験の時は、最終面接で私の前で大きな声を出してもらう。試験場にはイスがあるが、それに乗って立ち上がり、『●●さん(社長を指す)が好き』とか、『●●社にお世話になります』と大声で言えたら、その人とは価値観が共有できている」――。

 私には、信じられなかった。これは、「私の命令に従う人こそが、価値観を共有できている」と答えているように思えた。

 この会社は就職人気企業になっており、大卒の受験生は数百人に及ぶという。内定者はわずか数人で、倍率は非常に高い。内定者は最終面接で本当に絶叫をするようだが、私にはそれは不況の影響もあり、内定を欲しいがゆえの行動にしか見えなかった。大学生が気の毒にすら、思えた。

 私なりに問題提起をしようと思い、「このことを記事に盛り込みたい」と話したが、「記事にはしないでほしい」と言われた。結局、取材に同席した編集者の意向もあり、書くことはできなかった。

なぜ価値観共有という言葉を使うのか

 経営者の前で、「●●さん(社長を指す)が好き」とか、「●●社にお世話になります」と大声で言うことが、価値観を共有していると言えるのだろうか。私には、解せない。この会社は、人事制度も同じ価値観で行っている。社長が50〜60人の社員の査定評価をするというが、本人いわく「評価基準はない」と答える。それでも査定が行われ、社員の間で差が付けられる。それが賞与などに反映されるそうだ。

 私には、その意味が分からない。評価基準がなくて、評価ができるのだろうか。そこに社員らの不満はないのだろうか。こういう疑問を投げかけると、社長は答えた。「みんなで価値観が共有できていれば、問題は起きない」。私には、この言葉は「経営者である自分の言うことにはすべて従え」と言っているようにしか思えなかった。

 私の観察では、この10数年で「価値観共有」という言葉を使う経営者が増えたように思う。それは中小やベンチャー企業で、特に20〜50代半ばまでくらいの経営者に多い。それらの会社を見ると、経営が行き詰まっていたり、あるいは経営者の虚栄心からなのか、業績を急上昇させようとしていたりする場合が目立つ。不思議と、ゴーストライターを立てて本を出そうとする経営者に多い

 私は人事労務の分野で企業の取材をしているが、最近の例でいえば、ある不動産販売会社(社員数230人)で人事制度を職能資格制度(年功給)から成果主義に変えることになった。しかも、全体の評価のうち成果で判断される比率が70%である。ほかの会社のその比率は、30代社員の場合はせいぜい50%くらいだ。そこで私が尋ねると、役員が言う。「価値観が共有できているから、みんなが納得してくれる」と。

 私には、こうとしか思えない。経営者層にとって不都合なことを隠したり、安い賃金を始めとした労働条件の不備を覆い隠そうとする時に、「価値観共有」という情緒的な言葉を持ち出し、社員らの意識を麻痺させようとしているのではないか、と。

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