コラム

ちきりんの“社会派”で行こう!:オトナの助言、聞くべき時と聞くべきでない時 (1/2)

若者と大人との間でしばしば繰り広げられる世代間対立。若者は大人のどんな助言を無視して、どんな助言を取り入れればいいのでしょうか。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2007年8月23日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 若い人が言う。「大人の言うことは信じられない」「自分たちの生き方を押しつけるな」

 大人たちが言う。「時間が経てばお前にも分かる」「お前のためを思って言っているのだ」


 勉強が嫌いな中学生の息子に親が言う。「勉強しろ」

 子どもが言う。「勉強なんか嫌いだ。得意でもない。大学なんか行かない」

 親が言う。「お前は世の中が分かっていない。大人になればオレに感謝するだろう。とにかく大学だけは行っておけ」


 「離婚したい」という娘に母親が言う。「夫婦は耐えるものなのよ」

 娘は言う。「もうだめ。我慢できない。この人と一生を過ごすことはできない」

 母は言う。「私も(あなたの)お父さんと何度も別れようと思ったのよ。でも、あなたも年をとったら分かるわ。あの時、別れなくて良かったと」


 どこにでもありそうな会話です。「大人の言うことは嘘ばかり」と思う若者と、「若者は世の中が分かっていない」と言う大人。

 「これ、どっちが正しいのか?」というのが今回のテーマ。

大人の言うことを聞くな

 まず直感的に「どっちも嘘はついてない」と思う。若者の「論理」も正しいし、シニアの「経験」も正しい。お互いに“正しい”と思って言っている。

 ちきりんは昔は、これは「論理と経験のぶつかり合い」であり、包括的に見れば「シニアの方が正しい」と思っていた。だって世の中は論理だけでは動かない。実際に何が起きるかを体験してからモノを言っているシニアの方が、論理で「こっちが正しいはず」と主張する若者より「現実的には正しいだろう」と思っていた。

 でも今はそうは思わない。「若者が言っていることの方が正しそうだ」と思うこともたくさんある。つまり「どっちが正しいのか?」という“主語・主体”の問題ではなく、「何について話しているか」という“対象”の問題によって、若者が正しい場合とシニアが正しい場合に分かれるのだ、と気が付いた。

 では、何に関しては若者の方が正しく、何に関してはシニアの方が正しいのか? その分かれ目は「数十年以内で変わること」と「変わるのに100年はかかること」だ。

 数十年で変わることについては、年配者のアドバイスは無用などころか、誤りを誘いさえする。30歳で生んだ子なら、自分とは30年違う時代を生きることになる。したがって30年以内に変わることについては、親の経験に基づいたアドバイスは役立たない。

 例えば教育制度、雇用制度、結婚のトレンド、経済制度などの社会的な制度や枠組みは30年も経てばすっかり変わってしまう。今から30年前の1970年代後半には、一流大企業がリストラをするとは誰も思っていなかった。大学が生徒集めに必死になる状況も想像できなかったし、バブルが来るとさえ誰も思っていなかった。

ah_itou.jpg 1909年(明治42年)には伊藤博文が暗殺された(出典:首相官邸)

 ちなみに「100年変わらない」というのは1909年(明治42年)から今まで変わっていないってことです。「そんなに長い間、変わっていないことが何かあるのか?」と思うほど昔です。

 社会慣習や社会制度などにおいて、こんなにも長く不変ということはあまり存在しない。しかも変わるスピードはどんどん速くなっている。つまり、「大半の“社会的な常識”は数十年で変わってしまうのだ」と思った方がよい。

 というわけで、両親や先生、もしくは、40歳も年上の会社の経営者の方が言う「大学だけは出ておけ」「籍だけは入れるべきよ」「●●業界は将来有望だ」「とにかく若い時は我慢しろ」みたいなアドバイスは、必ずしも有用とは言えない。

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