くう、ねる、そして――自然写真家、糞土師 伊沢正名さんあなたの隣のプロフェッショナル(2/7 ページ)

» 2010年08月07日 15時10分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]

ウンコは良識の踏み絵?

 今の日本に、野糞の経験者はどれくらいいるだろうか。

 残念ながら(?)筆者には経験がない。子供の頃、クラスメートが眼前で野糞したときの光景が45年経った今もまぶたに焼き付いているくらいだから、やはり多くの人にとってはかなり非日常的な行動なのであろう。

 そんな現代日本において、長年にわたりトイレの使用を拒否し、毎日森の中で穴を掘り、野糞を実践している人物がいるという。早速私は担当編集者とともに、その人物が住む茨城県に向かった。

 正直に言おう。失礼ながら私は、穴倉で暮らす髭ボーボーの、仙人のような老人を想像していた。

 ところが我々を待っていたのは、こざっぱりとした服に身を包んだ軽妙洒脱な紳士であった。お話は理路整然として、まさに正論そのものであり、随所に豊かな教養が見え隠れする。お宅も穴倉どころか、美しい緑に囲まれた歴史の重みを感じさせる立派なお屋敷であった。

糞土家の伊沢正名さん。1950年生まれ、茨城県出身の自然写真家。

 「どんなに高級なトイレットペーパーも、5段階評価で言えば、せいぜい3.5くらいですね。やっぱりチガヤの穂とか、半乾きのキウイの葉が気持ちいいですよ。汚れがよく落ちますしね。どんな葉っぱをどの時期に使うかによっても、拭き心地は全然違います。それを通じて、自然の奥深さを実感できるんです。

 拭いた後は、森の中を流れる水を使って、自分の手で肛門を清めるんです。私は“インド式”と呼んでいるのですが、ウンコというものを、自分の一部としてより身近に感じることのできる瞬間です。

 私に言わせれば、“ウンコは良識の踏み絵”なんです。自分自身でひり出しておきながら、臭い汚いと軽蔑するのは無責任だとは思いませんか? ウンコにしっかり向き合い、その始末にも責任を持つのが真の良識です。人間としての生き方がウンコで試されるんですよ」

 そう言って快活に笑う人物が、今回の取材対象・伊沢正名さんだ。伊沢さんは自然写真家として、特にキノコを被写体とした作品群では日本を代表する人物である。しかし近年は「糞土師」(ふんどし)というユニークなアイデンティティを確立し、全国で環境問題解決に向けての講演活動を推進しているという。

糞土師とは何か?:

 まず、現在の伊沢さんをアイデンティファイしている糞土師とは何だろうか?

 「一般に、植物が分解してできる土は腐植土と呼ばれますが、それに対して、動物の排せつ物が分解して土状になったものを私は糞土と呼んでいます。こうした腐植土や糞土が、土地を豊穣にし、新しい生命の息吹を生み出す原動力になるのです。そこに植物が芽吹き、それを食べる生き物が集まり、さらに、その生き物を食べる動物が集まる。そうした植物の枯れ葉・枯れ枝や生き物たちの糞便や屍骸が分解してまた土地を豊穣にし……という風に大自然のサイクルは繰り返されてきました。人間もまた、そのサイクルの一部です。

 糞土師とは『土を要とし、自らの肉体と大地とをひとつながりのものと捉える、身土不二の思想の実践者にして、その道の練達』という意味で、漫画家・小池桂一さんの命名です」

 なかなか難しい定義だが、「自己と大自然との不可分一体性を前提に、土を媒介にして人間と自然の関係性を本来あるべき姿へと修正するプロフェッショナル」、私はそう理解した。「腐植土師」ではなく「糞土師」なのは、大自然において糞土を形成すべき主体のひとつが人間であるからに他ならない。

 では、伊沢さんはどういう経緯で糞土師への道を歩み、そして現在、具体的にはどのような活動をされているのだろうか?

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