政治や行政の失敗責任は誰がとるのか?藤田正美の時事日想(2/2 ページ)

» 2010年08月02日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]
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政治の失敗の代償

 政治家はどうだろう。もちろん政策において失敗すれば次の選挙では負けるかもしれない。それが十分かどうかは別にして政治家にとっては大きな「罰」という場合もあるだろう。しかし例えば鳩山前首相はどうだろう。自らの「勉強不足」が原因で、「最低でも県外」と言った沖縄の普天間基地移設問題では、結局、現行案とほぼ同じ案を沖縄に提示せざるをえなくなり、沖縄県民を怒らせた。長い時間をかけてガラス細工のように組み上げた合意をぶっ壊し、沖縄県民との関係もぶち壊した。もちろんこれは鳩山総理だけの問題ではない。民主党が現実的とは言えない案に固執した時からの予想された結果である。その意味では小沢前幹事長も同罪だと思う。「あの海を汚すことはできない」という主旨の発言をしたと記憶する。

 これに伴う日米のぎくしゃくした関係は金額に換算できるわけではないから、損害額という言い方は難しい。しかし、例えば新幹線システムの売り込みに失敗すれば、「もし、日米関係がうまく行っていれば」という声があってもおかしくはない。そうなると「損害」の一部ということになるだろうか。

 さらに日米関係の間隙を縫うような形で、中国海軍が存在感を強めている。この結果、中国と日本が抱えている領土問題や、ガス田開発などで、日本が損害を被るようなことになったら、その損害額はいくらだろう。

 菅総理が唐突にぶち上げた消費税増税論は、参院選で民主党が惨敗したことで、何となく政治家の腰が引けてしまった。しかし日本政府の懐は逼迫(ひっぱく)している。元大蔵官僚の榊原英資氏は、「まだまだいくらでも国債を発行できる」とテレビで語っていたが、そうした意見は少数派だろう。少数派だから間違っていると言っているわけではないが、もし国債を大量に発行し続けて、ある日、国債が暴落したら、いったい榊原先生の意見を入れて、日本を「ギリシャ化」させた政治家は、どうやって責任を取るのだろう。例えば、国債乱発の結果ハイパーインフレになったら、預貯金で暮らす世代は恐らく何十兆円もの損害を被ることになる。当然、政治家が責任を取れるはずもない。

 そう考えてくると、BPのヘイワード氏のように受け取るべき金額のかなりの部分を失うというのは十分な代償なのかもしれない。政治から引退すると表明した鳩山前首相は、後援会に対しては「皆さまのご意見を受け止める」というような発言をした。要請があれば引退を撤回するというようにも読める。つまり鳩山さんにとっては、政界引退は政治を混乱させた責任を取ったということではなかったようだ。「責任」という言葉はよく永田町界隈で聞こえてくるが、政治家の辞書には「責任」という言葉がないのかもしれない。

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