インタビュー
» 2010年07月16日 08時00分 UPDATE

35.8歳の時間・真山仁:『ハゲタカ』の著者に聞く――なぜ小説家になったのか? (1/5)

『ハゲタカ』『プライド』『ベイジン』など、数々の企業小説を世に送り出してきた真山仁。新聞記者、フリーライターを経て、40代で作家としてデビューした彼は、なぜ小説を書き続けるのだろうか。人生を振り返りながら、小説に対する思いなどを聞いた。

[土肥義則,Business Media 誠]

連載「35.8歳の時間」とは:

 35.8歳――。これはBusiness Media 誠の読者の平均年齢である(アイティメディア調べ)。35〜36歳といえば、働き始めてから10年以上が経ったという世代だ。いろいろな壁にぶちあたっている人も多いだろうが、人生の先輩たちは“そのとき”をどのように乗り切ったのだろうか。

 本連載「35.8歳の時間」は各方面で活躍されてきた人にスポットを当て、“そのとき”の思いなどを語ってもらうというもの。次々と遭遇する人生の難問に対し、時に笑ったり、時に怒ったり。そんな人間の実像に迫る。


今回インタビューした、真山仁(まやま・じん)氏のプロフィール

1962年大阪府生まれ、1987年に同志社大学法学部政治学科を卒業。同年4月、中部読売新聞(現・読売新聞中部本社)入社、1989年11月同社を退職し、フリーライターに。フリーライターとして、エンタテインメント分野を中心に、原稿の執筆を手がける。2004年『ハゲタカ上・下』(ダイヤモンド社)で真山仁としてデビュー。著書に『虚像の砦』(角川書店)、『マグマ』(朝日新聞社)などがある。


―――事務所のスタッフは真山仁のことを、こう評する。「この人はね……小説バカなんですよ」。小説に登場するシーンのために必要とあらば、たとえ普段は興味のない場所へも実際に足を運び、徹底的に取材する。

 『ハゲタカ』『マグマ』『ベイジン』など、数々の企業小説を世に送り出してきた真山とは、一体どのような人物なのだろうか。彼の人生を振り返るとともに、小説に対する思いなどに迫った。

yd_mayama1.jpg 真山仁氏

 小さなころから「小説家になりたい」という気持ちは強かったですね。大好きだった小説家が元新聞記者だったこともあり、自分も記者になろう。そして記者で“修行”を積んでから、自分も小説家になろうと思っていました。

 大学を卒業し、25歳のときに中部読売新聞(現在は読売新聞中部本社)に入社。岐阜支局に配属され、仕事はサツ回り、街ネタ、高校野球が中心でした。同僚でサツ回りを嫌う記者は多かったのですが、わたしは好きでしたね。ミステリーが好きだったことが関係しているのかもしれません。朝駆け、夜討ちも苦にならず、警察取材は楽しかった思い出しか残っていません。

 新聞記者を10年くらい続けようと思っていたのですが、やがて会社の考えと自分の考えが乖離してきたので、辞めることにしました。結局、新聞記者生活は2年7カ月でピリオドを打つことに。そして生まれ育った大阪に帰り、フリーライターを始めたのですが、関西では東京のように○○ライターといった専門的な書き手になることは難しいんですよ。なので専門分野を作らず、依頼があった仕事はほとんど引き受けていましたね。新聞広告を書いたり、エンターテインメイント系の記事、会社案内なども手掛けていました。生活費を稼がないといけないので、原稿料が高い広告記事をよく書いていました(笑)。

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