ところで、もし欧米の調査隊が自国に持ち帰っていなかったら、それらの発掘品はどうなっていたでしょうか?
欧米の博物館は発掘品や財宝を保存するため、最先端の技術を適用しようと多額の費用をかけていますし、修復や調査にも膨大な手間をかけています。彼らの調査によって、新たに分かった古代の事実も多いのです。また、多くの国ではそれらの財宝を無料もしくは非常に安い入場料で誰でも鑑賞できるようにしています。
一方、古代遺跡がもともとある国の多くは、少なくとも今までは自国の遺跡保護のために多額の資金を投入することは不可能だったでしょう。風雨にさらされて毀損してしまうかもしれないし、盗掘や盗難も日常茶飯事です。
ちきりんがエジプトの遺跡を訪ねた時、壁画の色あせを防ぐためにフラッシュの使用が禁止されている遺跡内で、「10ドルを払えば、フラッシュで写真撮り放題にしてあげるよ」と持ちかけてくるガイドに何人も会いました。アフガニスタンではタリバンがバーミヤンの石仏を破壊してしまいましたが、宗教的な対立が続くエリアでは何千年も前の貴重な歴史の残存物さえぞんざいに扱われています。
ある意味では「欧米諸国の調査団が大規模に持ち帰ったからこそ、ベストな状態で今まで保存されてきた」とも言えるのです。
もちろん、「現地で毀損するなら、それもまた歴史のひとコマと考えるべき」という意見もあります。古くから文明が栄えた地では、多くの遺跡が“多層”になっており、「一番外側の石をはがしたら、別の時代の遺跡が出てきた」という例はよくあります。「新しい文明が興ると、古い文明の遺産が塗りつぶされる。それこそが歴史だ」という考え方もあるでしょう。
この意味で興味深いのが、北京(中国)の故宮(紫禁城)と、台北(台湾)の故宮博物院です。蒋介石が台湾に移る時、故宮の財物のうち価値あるものの大半を運び出しました。そのため、財物、特に小さいモノに関しては、「一流のものほど、北京ではなく台北にある」と言われます。
一方、北京の故宮には中身は何もありません。なにもありませんが、あの建物、あの広さ、あの場の持つ雰囲気は、いくら台湾がお金をかけて故宮博物院を整備しても、決して真似できない力を持っています。
台北の故宮博物院に行くと、「これらの作品があの北京の故宮にあったら、どんなにすばらしいか」と思います。お手本となるのがイスタンブール(トルコ)のドルマバフチェ宮殿です。ここでは巨大な宮殿建築の中に、ソファやテーブルなどの家具、食器などの日用品、アクセサリーなどの宝石、装飾品までがきれいに揃っており、往時のオスマン帝国の力と生活様式をとても具体的にビビッドに思い描くことが可能です。故宮に関しても建物と中身を1カ所に合わせれば、驚嘆すべき過去の世界が再現できるでしょう。
ただ、器である建物が北京に、中身の財宝が台北に存在していることこそが、中国の歴史を象徴しているとも言えます。最近は共同展示会の試みなどもあるようですが、それらが同じ場所で展示されることがあるとすれば、それは“歴史”自体がそう動いたタイミングと重なることになるでしょう。
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