インタビュー
» 2010年05月28日 08時00分 UPDATE

35.8歳の時間・湯浅誠:批判されても、批判されても……貧困ビジネスに立ち向かう理由 (1/6)

年越し派遣村の村長・湯浅誠――。彼のことについて、詳しく知っている人は少ないかもしれない。自分のためにだけに生きるのではなく、生きることが困難な人たちのために生きる男が、過去を振り返った。

[土肥義則,Business Media 誠]

連載「35.8歳の時間」とは:

 35.8歳――。これはBusiness Media 誠の読者の平均年齢である(アイティメディア調べ)。35〜36歳といえば、働き始めてから10年以上が経ったという世代だ。いろいろな壁にぶちあたっている人も多いだろうが、人生の先輩たちは“そのとき”をどのように乗り切ったのだろうか。

 本連載「35.8歳の時間」は各方面で活躍されてきた人にスポットを当て、“そのとき”の思いなどを語ってもらうというもの。次々と遭遇する人生の難問に対し、時に笑ったり、時に怒ったり。そんな人間の実像に迫る。


今回インタビューした、湯浅誠氏(ゆあさ・まこと)のプロフィール

1969年、東京で生まれる。1989年、東京大学文科I類入学、1995年、同大学法学部卒業、2003年、同大学院博士課程単位取得退学。1995年よりホームレス支援活動を行う。現在、反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長。2009年10月に内閣府参与、2010年3月辞職。同年5月に、再び内閣府参与に任命される。


ボランティアを始めたきっかけ

――2008年の年の瀬、年越し派遣村の村長として、突然1人の男が登場した。活動家・湯浅誠――。派遣切りなどによって住むところを失った人たちの前で、湯浅はマイクを持ち語り続けた。その姿をテレビなどで見て「この男は一体、何者なんだ?」と思った人も多いのではないだろうか。

 貧困をなくそうと活動を続ける湯浅は、一体どのような人物なのだろうか。彼の素顔に迫ってみた。

yd_yuasa001.jpg 湯浅誠氏

 小さいころから勉強は嫌いではなかったですね。母親が小学校の先生だったこともあり、教え方がうまかったのでしょう。うまくのせられながら、勉強をしていましたね。

 大学は1年浪人して、東京大学文科I類に入学しました。入学する前から「人に雇われる仕事には就かない」と、無根拠に決めていました。「弁護士にでもなろうかな」と漠然と思っていたのですが、そのための勉強はほとんどしませんでした(苦笑)。大学の授業もサボってばかり。学校には行かず、児童養護施設で子どもたちに勉強を教えるという、いわゆる学習ボランティアをしていました。

 わたしの兄は障がい者なので、小さいころから自宅にボランティアの人が出入りしていました。兄のために来ていただいたのですが、わたしも一緒に遊んでもらっていたので「大学生になれば恩返しをしよう」と決めていました。子どもたちの勉強を見るのは、週に1回ほど。ただボランティア仲間と仲良くなり、彼らと会うために頻繁に通っていましたね。

 また1年生のときの夏休みに、中南米に旅をしました。メキシコから入り、コスタリカ、ペルー、ボリビアなどを回り、ブラジルに。なぜ中南米に行ったかというと、あまり日本人がいないと思ったから。しかし当時は円高ということもあってか、日本人はたくさんいましたね。

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