速報記事で、誤報が生まれるワケ相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年05月13日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 誤認』(双葉文庫)、『誤認 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 最近、一部の新聞やテレビ局で“速報強化”のスローガンが声高に叫ばれているのをご存じだろうか。読者や視聴者への情報提供体制の強化を通じて他社との差別化を図る、というのが最大の目的だ。しかし、報道現場で生の声を拾ってみると、速報強化の掛け声には誤報を量産する危うい要素も潜んでいる。

速報の現場

 今から15年ほど前、筆者は通信社の経済部に在籍していた。当時の筆者は、外為の市況記事を担当していたほか、金利、株式市場のディーラーなどプロの金融関係者向けに速報を打つことも重要な仕事の1つとして受け持っていた。

 日銀総裁の定例会見のほか、大手銀行幹部の会見での発言や、国際会議での要人へのブラ下がりなど、実際に数多くの速報の現場を踏んだ。例えば日銀総裁の定例会見であれば、会見終了後に『現在のドル・円相場は、経済のファンダメンタルズを反映していない』との一報を電話でデスクに入れる。これがオペレーターの手によってテキスト化され、金融機関向けの速報サービスに載る、という具合だ。

 1人の記者が5〜6本の速報を吹き込み、その後、速報の要素を盛り込んだ短い記事をこれまた口頭でデスクに伝えていた。1回の定例会見では、5〜6人の記者が「外為」「マクロ経済」「金融システム」などの担当を受け持ち、代わるがわる20本程度の速報を打ち分け、これに対応する記事を出稿していた。

 金融市場関係者は会見終了から30分間程度の間に、50文字程度の速報と本記(記事の本文のみ)を通じて、会見の全容を把握するという具合だった。当然のことながら、速報を手掛かりにディーラーが商いを行うため、巨額のマネーがうなりをあげて動いたのは言うまでもない。

言葉尻をとらえる

 筆者が初めて速報を経験してから2年ほどたったときのこと。経済界の某要人が講演する機会があった。筆者を含め内外通信社の速報担当約10人は、講演会場横のホテルの一室に集められた。が、ここで問題が発生したのだ。

 先の日銀総裁の定例会見であれば、会見の質疑応答が終了するまで記者は全員会場に缶詰にされ、この間速報を打つことを禁じられた。記者にとってみれば、会見終了までの間に速報の中身を練る余裕があったわけだ。しかしこの講演の場合、講演会場の隣でスピーカーから流れる要人の声を聞きながら、随時報道することが許されたのだ。業界用語で言うところの“勧進帳”だ。ここにさらなる悪条件が加わった。要人は事前に用意された原稿を読み上げるだけだったが、通常、この手の講演で配られるはずのテキストが主催者の手違いで配布されなかったのだ。加えて、講演の主は早口で小声という最悪の条件も加わった。

 講演開始から1分後、某外資系通信社が携帯電話で速報を打ち始めたのを皮切りに、各社の担当は急かされるように電話をデスクにつないだ。この間、聞き取りにくい要人の声はかき消された。速報部隊が詰めていた狭いブースは大混乱に陥った。結果的に各社の速報は正確さを欠き、金融市場をミスリードしたのだ。講演終了後にようやく届いた講演テキストと各社の速報を一覧したあと、筆者は同僚記者と顔を見合わせた。

 「酷いな、“言葉尻をとらえる”とは、このことだ」――。講演取材終了後、筆者と同僚記者が社の幹部から大目玉を食らったのは言うまでもない。

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