過去最悪! “鉄道自殺年間647件”が道連れにしているもの(2/2 ページ)

» 2010年05月06日 12時50分 公開
[中村修治,INSIGHT NOW!]
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なぜ人は鉄道自殺をするのか

 鉄道自殺を試みる人たちが選ぶ路線は、首都圏の主要路線である。MSN産経ニュースの記事を参考に、上下計5本の運休で約3万5000人の足に影響が出るということを基準とするなら、1本あたり7000人に影響を与えるということになる。首都圏では年間2万1100本の列車が鉄道自殺により輸送障害が出ているということなので、のべ人数を単純計算すると……何と年間1億4770万人が、その影響を受けているわけだ。首都圏の人口を考えると、1人あたり年7〜8回は鉄道自殺の巻き添えの影響を受けていることになる。

 このように、鉄道自殺は多くの人に影響を与える。特に首都圏では、その数が半端ではない。言い換えると、他人を巻き込む数が多い路線ほど、鉄道自殺の場として選択されていることになる。さらに、死体は原形をとどめていないため、遺体処理にあたる乗務員や、その様子を目の当たりにした乗客の心のトラウマになることも指摘されている。「他人に迷惑をかけるという率」は、ほかの自殺手段とは比較にならないほど高いのだ。

 では、なぜこんなに迷惑をかける自殺手段を選択するのか。一連の記事の中で、江口昇勇(のりお)・愛知学院大教授(臨床心理学)は、「多方面に影響を与える鉄道自殺を選ぶ背景には『自分の存在を何とか知ってもらいたい』との思いがあるのではないか」と指摘している。

 本当にそうなのだろうか? 「自分が飛び込むことによって他人に迷惑をかけてしまう」「親が鉄道事業者から賠償請求をされてしまう」「自分の遺体を見た家族が悲しむ」なんて考えずに、「これに飛び込めば自分は死ねる」ということしか考えていないのが本当のところではないだろうか。

 「これに飛び込めば一瞬で済むから苦痛も感じない」。その衝動的な選択動機よりも、「最期に自己を多くの他人に認めてもらいたい」「いま動いている社会を道連れにしたい」動機が上回っていると考えるのは、自殺をするまでに至らない我々社会の側の勝手な推測であり、傲慢である。鉄道自殺の衝動を多くの人が責める背景は、ここにある。

 自殺は当然、社会であまり報道されない。しかし、鉄道自殺はニュースになる確率が高い。さらに、「●●駅で発生した人身事故の影響で●●線は一時運転見合わせております」というアナウンスは、首都圏を利用する人たちの耳に、毎日1回の頻度で届いているわけである。いちばん身近で、いちばん多く耳に届く自殺が鉄道自殺なのである。そのニュースやアナウンスを聞くたびに、人々の心の中に「迷惑がかかっている=道連れ的感情」がわく。無意識に社会に対する「怨嗟の輪廻」を巻き起こしている。

 私たちは「30センチ前へ踏み出すことにより、死ぬことができる日常がある」社会に生きているのである。いつ、その衝動が自分の中にわき起こるか分からない。そのことへの想像もなしに、鉄道自殺のニュースを迷惑だと聞き流す社会が築かれることの方が怖い。鉄道自殺者が道連れにしているのは、日本人の「日常に牙をむいている死」への想像力である。(中村修治)

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