仕事で自己実現ってホントにOK?――社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(中編)2030 この国のカタチ(2/6 ページ)

» 2010年04月30日 00時00分 公開
[乾宏輝,GLOBIS.JP]

仕事で自己実現でホントにOKか

 ただ、そこにはすごくネガティブな部分があることも忘れてはいけません。仕事による自己実現というのは、容易に、劣悪な環境で自分が働いていることを肯定することにつながります。

 つまり、「自分がやりたいことをやっているんだから、多少苦しくても自分が選んだ道じゃないか」とか、あるいは「自分たちが置かれている状況は、こういう仕事を選ぶ以上、自分の好きなことをやっている以上、しょうがないんだ」という形で、本来ならばあまり推奨されないような仕事の環境が正当化されてしまう。

 それは、自分自身だけでなくて、周囲によって正当化される場合もあります。つまり、仕事の上司や先輩とかですね。「好きで始めた道なんだから」。これは強力な呪文のようなものです。長時間労働など仕事の劣悪な環境というものを、賃金の代わりに気持ちで埋め合わせるような、そういう状況をたやすく生んでしまいます。

管理される心――感情が商品になるとき』(アーリー・ホックシールド著)

 アーリー・ホックシールドという社会学者が述べていることですが、戦後一貫して少しずつ家族の多様化が進み、そして家族の絆が薄くなっているといわれている中で、職場環境の方がむしろ「疑似家族」になっているんです。彼女は米国の事例を挙げながらこのことを指摘していますが、日本でも似たような状況があります。

 「家族の絆が薄くなっている」と多くの人が思っている一方で、仕事の場が、家族とは言わないまでも、ある種の擬似サークル的になっている。高度成長期には「会社は家と同じ、上司は親と同じ」なんてことを言う人もいましたが、そうした関係性も、ある時期まで希薄になっていたんです。ですが近年では、むしろ職場に密な関係性を求める若い人が増えています。いわゆる仲間ノリですよね。ただのビジネスライクな関係ではなくて、仲間とも呼べるような関係で仕事が進んでいるようなところが、喜ばれる。

 「平均年齢●●歳の明るい職場です!」みたいな。ブラック企業の典型的な売り文句ですけれども(笑)。ああいう「仲間感がありますよ」っていうことが、売り文句になる。「給料が安い代わりに仲間感がありますよ」というね。別に仲間感があってもいいと思いますが、低賃金労働や社会保険を完備していない、休日を取れないといったことを正当化する仕組みと、その仲間意識は結びついてしまいがちです。抜け駆けもできなくなるし、従業員のモチベーションは低いままなので、生産性も伸びないから、収益が上がらず、雇用環境は良くならない。

 最初に両義的と申し上げたのは、「そういう風に仕事に夢を求めると、必ず食い物にされるから良くない」と思っているわけではないんです。食い物にする企業が悪いのであって、仕事に夢を持つこと自体は悪くない。だとしたら、「仕事による自己実現というものが、いかにして搾取に結びつかないようにするか」というシステムを考えるべきで、若者たちに「そうやって夢なんか見ちゃダメだよ」っていう風にお説教するだけでは、既存のシステムを維持するための「いい子競争」が繰り返されるだけです。そういうことを言いたいのであれば、少なくともその人の適正に見合った自己実現が可能になるためのアドバイスができる人材が必要です。

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