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» 2010年04月30日 00時00分 UPDATE

2030 この国のカタチ:仕事で自己実現ってホントにOK?――社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(中編) (1/6)

「仕事で自己実現」という言葉がすっかり定着した昨今。しかし、社会学者の鈴木謙介氏は仕事によって自己実現を求めることは、劣悪な環境で自分が働いていることを肯定することに容易につながるとも指摘する。

[乾宏輝,GLOBIS.JP]
GLOBIS.JP

2030 この国のカタチ

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2010年4月27日に掲載されたものです。


 昨今すっかり定着した感のある「仕事での自己実現」というフレーズ。「やりたいこと」や「好きなこと」を軸に仕事を選ぶという作法が、何だかすっかり当たり前のことのようになった感すらある。

 鈴木謙介さんはこうした仕事への自己実現に対し、「半分賛成、半分反対」という。バブル期を絶頂とした消費による自己実現に比べれば、考え方としてはまとも。だが、「仕事による自己実現というのは、容易に、劣悪な環境で自分が働いていることを肯定することと同義になります」とその危険性も指摘する。また、自己実現は結果とともに、個人の意欲や本気度を問われるため、その心理的な負荷は高いという。

 →若者はなぜ生きづらいのか?――社会学者、鈴木謙介氏インタビュー(前編)

消費による自己実現から仕事による自己実現へ

 「働く」ということについて、お聞きします。著作の中で、日本の若者が仕事に希望を託したり、仕事の中で夢を持とうという数字が一貫して上がっているという統計をご紹介なさっていますよね。そしてこれを肯定的にとらえてらっしゃる節もある。一方で鈴木さんは、ハイテンションな自己啓発から“降りていくような”生き方を推奨されているようなところもあります。仕事での自己実現というか、仕事で自分の承認や居場所を得ようという生き方に対する、鈴木さんのお考えをお聞かせ下さい。

ah_suzu1.jpg 鈴木謙介氏

鈴木 非常に両義的です。つまり、半分賛成、半分反対みたいなところがあります。どこが賛成なのか。仕事による自己実現の対極にあるのは、バブル的な「消費による自己実現」です。もちろんこれはバブルが頂点だっただけで、高度成長期から一貫して起こっていたことです。つまり、高度成長期には家の中に三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)や3C(クーラー、カラーテレビ、自家用車)と呼ばれるような耐久消費財が増えていきました。 1970年代から1980年代にかけては、ファッションを中心に自分の価値観を表現できるような商品やサービスを購入することが、「自分らしい生き方」の実現であると推奨されてきたんですね。

 この消費による自己実現というのは、確かにある種の開放感を人々にもたらしました。男性が中心の生産の原理から、女性が中心の消費の原理への変化を指摘しているのが、社会学者の上野千鶴子さんです。ですがこれは、結局は雇用が安定していることをベースにした議論ですから、何かを消費しないと、その人がどういう人か分からないっていうような状況自体、実はすごくいびつな環境の中で生まれた価値観だったわけです。

 昨今、「若者がクルマを買わなくなった」と言われています。でも実際には特に地方なんかそうですけれども、車がないとどうしようもないというところがあります。クルマを買わなくなったというのは、正確にはクルマに乗らなくなったのではなく、クルマという価値を買わなくなったということなんです。

 かつてマーケティングの世界では、クルマに対して「車格」、クルマの格付けっていう言葉がありました。この車格に応じて、「外車に乗っている奴が国産車に乗っている奴より偉い」であるとか、「大衆車よりも高級車に乗っている奴の方が偉いとかモテる(笑)」という価値観が形成されていたんです。今の若者は、こうした価値観を買わなくなったんですね。それは消費による自己実現、つまり「何を消費しているかがその人のステータスを表す」という価値観の弱まりを意味しているんです。

 「消費による自己実現」に対して、今求められている「仕事による自己実現」というのは、いい方向に見れば、「何を買ったか」ではなくて、「何を作って、どんな人に受け渡したか」ということがその人の価値を表すという考え方ですよね。つまり、単にたくさんお金をもうけていれば偉いという意味ではなくて、その人が実現したい価値に向けて仕事をしているということがその人の価値を表すということだと。高級外車を乗りまわしていようと、高いマンションに住んでいようと、それはすべて消費の話。「どんなものを作って、誰に受け渡しているのかっていうことで、そいつの価値は問われるべきだ」っていう考え方です。

 少し長い例になるんですけれども、昨年、ある中国地方のテレビ局の仕事で、田舎で働き、暮らしたいと思っている若者たちをテーマにした番組に出演させてもらいました。その番組は、田舎暮らしをしてみたいと思っている若者たちをスタジオに呼んで、中国地方の地域活性化に取り組んでおられる自治体の担当者の方々も呼んで、お互いにディスカッションしましょうみたいな内容でした。その中で、自治体の人たちが自分たちの地域をアピールしてくださいという時間を設けられて、喋ったんですね。

 そうすると、それに対して若者たちがあまりピンと来ないと。「中国地方に住みたいとあまり思わないな」と言う。「なぜだろう」という話になったときに、僕が口を挟んでこういうことを申し上げたんです。

 「皆さんが今アピールされたのは、ウチにはこんな名産品があるとか、サッカーチームがあるとか、つまりこれは全部消費に関わる話ですよね。消費であれば都会でもできる。しかし都会で消費をするために、たくさんお金を稼ごうと思って大きな企業に入ると、自分の作ったものが誰の手に渡っているかも分からないし、そもそも自分が社会の役に立っているかもまったく分からない。

 そういう環境を離れて、自分の仕事がちゃんと誰かの役に立っていて、その地域で自分のした仕事が必要とされていることなんだ、自分は必要な社会のワンパーツなんだってことを認識したい。そういう考え方があるんじゃないか。だからこそ、消費ではなく、生産とか仕事というところで、どういう風に地域に関われるのか、貢献できるのか。ここが彼らの関心になっているんじゃないだろうか」

 そういう話をしたら、若者たちがウンウンとうなずいていました。

 仕事の自己実現に対して「ポジティブ」な部分の評価っていうのは、そこにあります。つまり、消費だけではなく、作ったもの、貢献したことによって評価されるような、そういう評価軸があってもいいじゃないかっていう考え方ですね。

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