もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編)(2/6 ページ)

» 2010年04月09日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

デジタルの波

斉藤 僕が『空の境界』を見ていて注目したのはハードなんですね。先ほどの石井さんの言葉のように映画業界にもデジタルの波が来ていて、『空の境界』の岩上敦宏プロデューサー(アニプレックス)に「上映するに当たってどんなハードを使っていますか?」と聞いたら、HDリマスター版をHDCAM-SRのデッキで出力して、テアトル新宿のプロジェクターに接続しているということなんですね。

出典:ソニー

 ただ、このHDCAM-SRのデッキはものすごく高価なので、テアトル新宿でも入っていない。そのため、アニプレックスが機材と上映素材を持ち込んで上映したということです。そして、テアトル新宿以外で上映する際にも「HDCAM-SRのデッキでなるべく上映したい」と言っていて、「効果があまり出ないから」ということで上映を(アニプレックス側から)断った映画館もあるそうです。そういう高級なハードを使って、氷川さんも「宗教的」とおっしゃられた音響などを作っていったので、「テアトル新宿では絵に関してのクレームは1つもこなかった」と沢村さんが言っていましたね。ハードと一体化したコンテンツみたいな感じになっていたのです。

 興行というよりイベント、悪い言い方をしてしまえば自主上映に近いやり方をしているのですが、その結果がすごいんです。全7章+リミックス版の上映で、2009年11月時点の観客動員数は26万1145人、興行収入は3億219万6200円です。こういうやり方で興行収入が3億円を超えたというのは、日本の映画興行史で多分例がないと思います。

氷川 『空の境界』のDVD売り上げも確か1巻あたり10万本くらいいっていたのですが、(人気アニメの)『機動戦士ガンダム』シリーズや『コードギアス 反逆のルルーシュ』でも8万本くらいなので、テレビで宣伝せずにその数字にいくこと自体が驚異的ですね。

斉藤 デジタルに関してもう1つ言うと、今、日本で公開されている実写映画でも、約8割はHD画質でデジタル撮影した映画になっていると言われています。ある映画館の関係者は、「今さらフィルムにこだわられると困る」と言うんですね。テアトル新宿でも「上映素材はフィルムで持ってくる人と、デジタルで持ってくる人、どちらが多いんですか?」と尋ねると、「圧倒的にデジタルです」ということです。そして「デジタルの中で何が一番多いですか?」と聞くと、「Blu-ray Discです」と。なかには、DVDのサンプルを持ってきて、「これを上映してくれ」という制作会社の人もいらっしゃるそうです。

 今はアニメはすべてデジタルで作られているので、デジタルで作られたものをデジタルで上映することになります。それの何がいいかというと、今までその間にあった上映用フィルムをプリントする作業が省略できることです。現場としては「最後の追い込みのために、1秒でも多く時間が欲しい」というのが本音だと思うので、そこで時間の短縮化が行われるメリットは大きいということです。

 これは最近の情報ですが、経済産業省が中小企業庁を通じて面白いことをやっています。デジタルのプロジェクターが入った映画館はシネコンに多かったのですが、「シネコンではない映画館、それも商店街にあるようなミニシアターがデジタルのプロジェクターを入れるのなら、その費用の4分の3を経済産業省が負担する」というものです。ただ、これには条件があって、商店街活性化のために、映画館のデジタル化をやらないといけません。

 普通に導入しようとすると1台あたり1500万円ほどかかるのですが、ユーロスペースがその審査に合格して2台ほど入れました。その代わり、今ユーロスペースではすごくローカルな映画祭をやっているのですが、1年に何回かそういう商店街のためのイベントをやらないといけないということです。

 ですから、これから日本全国のミニシアターでデジタル化が急速に進みますね。シネコンでは夏休みや正月だと上映スケジュールが埋まっているので、上映が断られたり、上映回数が少なくなったりすることがありますが、ミニシアターは逆に、上映スケジュールが埋まっていない状況が多いです。そうしたデジタルの流れをうまく味方につければ、アニメの興行でかなりいろんなことができるなという感じがあります。

ユーロスペースの映画祭

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