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» 2010年04月09日 08時00分 UPDATE

もはや映画宣伝に“王道”はない――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(後編) (1/6)

近年、テレビアニメの放映数が減少傾向にある中、劇場アニメが注目されている。中でも数館から数十館規模の劇場公開から大きく注目されるような作品も表れており、その代表となっているのが『東のエデン』だ。劇場アニメの小規模公開ビジネスについてキーパーソンたちが語ったシンポジウムの後編をお伝えする。

[堀内彰宏,Business Media 誠]

 ここ数年、テレビアニメの放映数が減少傾向にある中、劇場アニメが注目されている。2009年には、『サマーウォーズ』や『ONE PIECE』といった劇場アニメが大規模に展開してヒットした。一方、数館から数十館の小規模な劇場公開でも大きく注目されるような作品も次々と生まれており、新たなトレンドとなっている。その代表がテレビシリーズから始まり、劇場版2作を公開した『東のエデン』だ。

 3月26日に東京国際アニメフェアで行われたシンポジウム「劇場アニメビジネス 2010年の新たな潮流」(主催:アニメアニメジャパン)では、『東のエデン』プロデューサーの石井朋彦氏(プロダクション・アイジー)、アニメ評論家の氷川竜介氏、映画ジャーナリストの斉藤守彦氏がアニメアニメジャパンの数土直志氏を司会として、『東のエデン』を代表とする小規模展開の劇場アニメビジネスについて語った。

 →デジタル化した世界で、人の嗜好はアナログ化する――『東のエデン』に学ぶ、単館上映ビジネス(前編)

ah_kouhe1.jpg 左からアニメアニメジャパンの数土直志氏、『東のエデン』プロデューサーの石井朋彦氏、アニメ評論家の氷川竜介氏、映画ジャーナリストの斉藤守彦氏

60分尺のメリット

数土 (前編で)『空の境界』の話が出たのですが、その当時、「『空の境界』は映画興行でとんでもないことが起きている。とんでもないことというのは数字ではなくてビジネス的に大きなことが変わっている」と、氷川さんと斉藤さんがおっしゃっていたのですが、『空の境界』から『東のエデン』につながってきたこのトレンドについてどのようにお考えですか?

氷川 『空の境界』は第1章から第7章まで、原作に忠実な形で映画化され、それぞれ1時間弱、第5章と第7章だけが2時間弱という形で公開されました。ただ、当時は意外と文筆家や批評家の間でも、「『空の境界』で何が起きているのか」ということを話題にしている人は少なかったです。

 これは東京テアトルの沢村敏さんと立ち話的な情報交換をしていた中から生まれた意見なのですが、「60分尺のアニメって意外といいのではないか」と思ったのです。最近、『機動戦士ガンダムUC』のBlu-ray Discがヒットしていて、1話50分なのですが、ものすごく良い世界観で、絵柄も話も緻密なんです。カルト向けと言っていいぐらい、好きな人なら本当にどっぷりとはまれるのですが、一方で劇場サイズのスクリーンで見る場合、人間が耐えられるのは60分が限界ではないかと思ったのです。

 ここ10年〜15年、アニメは特にDVDを売ることを前提とした場合、クオリティ主義をとっていて、作画もレイアウトも撮影処理も緻密で、物語も多層構造になっています。そうなると一般映画と比べて、1.5倍〜2倍くらいの濃度になっていて、かつ意図のある映像しか流れてこないので、見ていて疲れてしまうんですね。押井守監督なんかだと、そういうところの疲れ具合もコントロールするような映像を合い間に設けていたりします。ただ、60分を走り切って、濃い映像が見えきった後の感覚に特別なものがあったんですね。

 私は『空の境界』は第3章まではDVDで見たんです。「ふーん、こんなものが好きなのかな」と作り手からすると申しわけないことを思ったりしたのですが、第4章を映画館で見た時、暗い空間の中で、濃い映像を見て、しかも催淫効果のある音楽がガンガン流れている中で、異境っぽいものを感じたのです。どれくらい意図されているか分からないのですが、「これは宗教体験なんじゃないか」と思ったのです(『空の境界』予告編映像)。

 『空の境界』原作のTYPE-MOONさんの名前を借りて、「『空の境界』はTYPE-MOON教だからヒットしたんだ」とみんながよく飲み屋で言っていたのですが、「ああ、ホントなんだ」と思いました。劇場にはそういう風に人を酔わせる効果があると自分で体感して、さらに第5章を映画館で見た時にちょっと感動してしまったりして、「これは来るな」と思ったのです。DVDではなく、映画館で作品が好きな人たちと同じ空気を吸って、同じ光を浴びながら見る経験性というのは、先ほど石井さんが言われたような「世界はデジタル化したからこそ、お客さんの嗜好がアナログ化している」ということと軌を一にしていると思いました。

 もう1つ、60分尺がいいと思ったのは、(同じ時間で)2回上映できるんですね。シネコンがインフラとして全国に整備されたころ、『機動戦士Zガンダム A New Translation』(2005年)が公開されたのですが、30歳前後の人たちが見る映画なので、レイトショーにサラリーマンがたくさん来たという現象があったのです。ヒットとまではいかなかったのですが予想外で、「そういう映画の視聴体験があるんだ」と思いました。レイトショーだと、2時間近い映画では一杯やった後には見られない可能性があるのですが、2回上映されると、どちらかの回を見られるわけです。好きな人だったら2回とも見るかもしれないですが。尺が短いと、そういう風に取り回しのよさがあります。

 また、「アニメのDVD販売ビジネスの最大の弱点は何だと思いますか?」と聞かれたことがあるのですが、最大の弱点は第1巻は売れても、第2巻、第3巻となるにつれて売り上げが落ちていくことです。最後の方になると、300本とか500本という聞いているだけで血の凍るような数字になるタイトルもあるらしいです。しかし、『空の境界』では第2章を公開する時に第1章のDVDを販売して、第3章を公開する時に第2章のDVDを販売したところ、売り上げが右肩上がりとまでは言えないのですが、落ちなかったらしいんですね。

 また、『空の境界』は残虐なシーンとかがあるので、テレビでは流せないですよね。そういうさまざまなパズルのピースがうまくはまって成功したんだなと思います。

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