オレが書けば企業の株価は上がる――。とある外資メディアの“スクープ合戦”相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年03月25日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 誤認』(双葉文庫)、『誤認 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 「◯△テレビ、最終赤字に」「△◯出版社、創業以来の赤字に」――。

 ここ数カ月、日本のメディア業界の苦境がさまざまな媒体で伝えられているのはご存じの通り。ただ、苦しいのは日本に限ったことではない。米国で老舗新聞社が相次いで経営破たんに追い込まれているように、業界を取り巻く環境は世界的にも悪化の一途をたどっている。こうした中、一部外資メディアで危険な兆候が強まっているとの情報をキャッチした。

危険なインセンティブ

 「俺が記事を書けば、当該企業の株価は間違いなく急騰する」――。かつて古巣の通信社に勤務していたころ、大先輩の経済記者がこううそぶき、周囲の大ひんしゅくを買ったことを筆者は鮮明に記憶している。

 経済記者が特定企業の記事を書くとき、ポジティブなネタを展開すれば株価に好影響が表れ、ネガティブなトーンであれば株価が下落圧力を受けることは当たり前。

 ただ、報道すべきなのは事実(ファクト)であり、記事が出たことによって株価が上下するのはあくまでも結果。目的にしてはいけない。この大先輩記者がひんしゅくを買ったのは、自身が特定の意図を示せば影響力絶大だと虚勢を張ったからに他ならない。

 記者だって人間。嫌いな企業もあれば、好意を抱く企業もある。ただ、プロであればこそ、あえて個人の感情を押し殺して記事を世の中に出す。そうでなければ、読者にあっという間にその歪んだ意図を見透かされてしまうのだ。

 閑話休題。

 なぜ筆者が昔話を持ち出したかと言えば、かつての大先輩の姿をほうふつさせるケースが出てきているとの情報に接したからだ。

 舞台は、経済ネタに強みを持つ某外資系メディアの編集現場。人員カットで日本での取材体制を急激に縮小する会社も出ている状況下で、このメディアもご多分に漏れず、昨今の世界的な不況とともに解約が相次ぎ、経費カットや人件費抑制の流れを強めている。

 こうした中、編集幹部が声高に叫び出したのが「スクープ作戦」。読者のサプライズを誘う記事を連発することで、収益悪化に歯止めをかけようという試みだ。ここまでは、ごく普通の話。一般企業が主力商品に一段と磨きをかけて消費者の購買意欲をそそることで、売り上げアップを狙う図式と一緒だ。

 ただ、同メディアでは副産物として「危険なインセンティブ体制が敷かれている」(関係筋)。つまり、書いた記事によって企業の株価がどれだけ動いたかを、記者の人事評価に反映させているというのだ。

 このため、株価が動きそうなネタが必要以上に重宝される。古い記者体質の持ち主である筆者からすれば、こうしたインセンティブは本末転倒。加えて、サラリーマン化が著しい、最近の若手記者が暴走するリスクをはらんだ、非常に危険な試みと言わざるを得ない。

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