海外メディアは日本に定着するのだろうか? WSジャーナル・小野由美子編集長35.8歳の時間(4/6 ページ)

» 2010年03月19日 08時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

オノ・ヨーコさんに間違われて

――WSJで2年ほどアルバイトを続け、1989年、東京支局に正式に記者として採用される。

 私にはいわゆる“ジャーナリズム魂”といったものがありませんでした。もともと翻訳の仕事を希望していたくらいですから。ただWSJで働いていくうちに、人に話を聞くということ、そしてそれを表現するということに、とても興味を引かれていきました。

 記者になってからは、日本に関する記事を書きまくりましたね。そして東京支局で5年間働き、1994年に米国本社への異動が決まりました。東京支局で、米国人向けに情報を発信するという仕事はとても面白かったのですが、いまひとつ米国人がどういったことに興味を持っているかが分かりませんでした。せっかく米国の企業で働いているので、一度は本社に行ってみたいという思いは強かった。なので本社への異動は、本当にうれしかったですね。

 そしてニューヨークのマンハッタンに住み始めたのですが、いきなりちょっとしたトラブルに巻き込まれました。マンハッタンに1人で住むことを決めたとき、知人からこのようなことを言われました。「独身女性は電話帳に自分のフルネームを載せてはいけない。危険なので、ファーストネームはイニシャルのYにしないさい」と。で、私の場合は由美子なので、「Y.ONO」としました。

 しばらくすると家に電話がじゃんじゃんかかってくるようになりました。どうやら私のことを「オノ・ヨーコ」と勘違いしている人からかかってきたのです。電話帳には「Y.ONO」と電話番号。住所を載せていなかったので、オノ・ヨーコさんに間違われても仕方がなかった(笑)。でも日本から来たばかりの私にとって、ONOという名前は珍しくもない。まさかいたずら電話が、毎日のようにかかってくるとは思いもしませんでした。

 あまりにもひどかったので、電話帳から自分の名前を外そうかと思いました。でも面白いので、もう少し続けてみました。多くの人は留守番電話に自分の電話番号を残してくれていたので、昼間にオフィスから電話をかけなおしました。「私は小野由美子だけど、なぜオノ・ヨーコさんに電話をかけてようとしたのですか?」と聞いていったのです。すると、いろいろな人がいましたね。最も多かったのは、何かを売りつけようとしている人たち。このほかオノ・ヨーコさんのファンや単なるイタズラも多かったですね。

記事「オーノー! NYで知ったオノ・ヨーコの威力」の一部

 さらにこんな人もいました。「いま映画のシナリオを書いていて、是非オノ・ヨーコさんに出演してほしい。あなたはこの映画に出演することで、リッチになれる」と。サギのニオイがプンプン漂っていましたね。

 また私はオノ・ヨーコさんのミュージカルを見に行き、休憩時間に彼女と会いました。そして私がオノ・ヨーコさんに間違われたことなどを伝え、彼女からそのことに関するコメントをもらいました。そして一連のことを記事にするのですが(関連リンク)、掲載される前に電話帳から「Y.ONO」を外しました(笑)。

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