いつまで“丼勘定”は続くのか 出版界の悪しき慣例相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年03月11日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎 誤認』(双葉文庫)、『誤認 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 本コラムの読者の多くは、若きビジネスパーソン。業務の一環として、他社との取引に際し「契約書」を作成する、あるいはこれを取り交わす機会が多いはず。しかし、今のご時勢、契約書を取り交わさずにビジネスを進行させる業態も少なくないのだ。契約書ナシ、すなわち口約束。「そんないい加減な仕事があるのか?」。 読者の懐疑的な声が聞こえてきそうだが、これは本当の話。今回の時事日想は、契約書をめぐる話題に触れる。

出版界の契約書は「後から」

 「アイバさん、この取材経費のベースになる契約書はどこ?」――。数年前のこと、経理をお願いしている税理士のセンセイからこう尋ねられる一幕があった。

 小説取材で計上した交通費と宿泊費に関し、どの作品のためにお金を使ったか判明せず、契約書を見せてほしいというのがセンセイのご要望だったのだ。が、筆者は下を向いた。「すみません、契約書はありません」――。筆者の答えに税理士のセンセイはポカンと口を開けてしまった。取材にとりかかったのがある年の年末で、小説の刊行は半年後。明朗な税務処理をポリシーとするセンセイは、当然、契約書があって筆者が仕事にとりかかっているものと考え、筆者に尋ねたのだった。

 通常ならば、仕事を受注、あるいは発注した際に互いに契約書を交わすのが当たり前だ。が、出版界をはじめとする大多数のメディア業界にこの常識は当てはまらない。

 恥ずかしながら、通信社記者として社会人生活を送ってきた筆者も常識ナシ、の部類。長年取材に明け暮れていたため、他社との間で契約書を交わした経験などなかったのだ。古巣の通信社を退社して以降、小説や漫画原作、あるいはニュース解説のコラムなどをこなしてきた。しかし、仕事を始めるに当たって契約書を交わしたのは、当コラムを運営するアイティメディアが実は初めてなのだ。

 筆者が小説を出版する際の段取りは、担当編集者と企画を練り、これが版元の上層部の決定を経て取材や執筆がスタートするという具合になる。普通の企業であれば、この段階で契約書を交わすはず。が、少なくとも筆者が仕事をさせていただいた数社、出版界は全く違うのだ。実際に小説が刷り上がった直後、あるいは取次業者に作品が行き渡ったタイミングで契約書が送られてくることがほとんどだ。上層部の決裁が降りた際に刷り部数を告知してくれる社、あるいは郵送した契約書で筆者に初めて部数を知らせる社など会社によってまちまちだが、小説を刊行すると決めた時点で契約書を交わした経験はゼロなのだ。

 このため、経理処理期間と刊行のタイミングがずれるような際は、経費の精算が面倒なことになる。筆者の税理士のセンセイがあきれたのはこうした事情がある。

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