貧困問題を深刻化させる、“私的セーフティネット”の危機ちきりんの“社会派”で行こう!(3/3 ページ)

» 2010年03月01日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]
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私的セーフティネットの危機

 さらにもう1つ、この私的セーフティネットが危機的な状況を迎えつつある背景があります。それは、家族単位の少人数化です。

 大家族であれば、例えば3世帯7人で住んでいれば、1人の高齢者や1人の障害者を支援することの負担は大勢で分散できます。しかし2人世帯で1人が支援を必要とする状態になると、残りの1人は1対1でこの人を支えなくてはなりません。

 典型的なのが「母子家庭」です。子どもが赤ちゃんの間、一定以上の収入を母親がひとりで得るのは簡単ではありません。赤ちゃんからは目が離せないし、保育所は不足しており、預かってくれる時間にも制限があります。赤ちゃんはしょっちゅう病気になりますが、そのたびに仕事を休めば仕事を失います。そして実際、日本の片親世帯の6割が貧困状態と言われています(参照リンク)

 赤ちゃんではなく、大人で世話が必要な人が出てきた場合も同じです。介護保険サービスだって1日数時間しか来てくれません。それ以外の時間に認知症の親がどこかに行ってしまう、というパターンが毎日続けば、息子や娘が会社勤めを継続するのは困難です。

 最近ニュースでよく聞く「70代の母親と40代の息子が生活苦で……(参照リンク)」といった事件はこのパターンです。40代の息子1人なら貧困状態になることはありません。しかし、誰かの世話をしなければならなくなると働けなくなり、2人とも貧困状態に陥ってしまいます。

 唯一やっていける方法は、高齢の親を丸抱えしてくれる施設に預けることです。そうして40歳の息子がフルタイムで働けば、生活は成り立つでしょう。しかし、そういう施設はコストが非常に高いか、安いところはまず空きがありません。「1年待ちです」と言われたら、その期間のために息子は仕事を失うことになります。

 実際には、自立できない人を1人支えるには最低でも2人が必要です。1人が稼ぎ、1人が世話をするのです。この分担ができないとみんなが倒れてしまう、というのが現実です。できれば3人対1人くらいで支えるのが理想です。

 重い障害のある子どもをもつ親にとっては、自分が亡くなった後のことが一番の心配でしょうが、この場合、障害を持つ子どものことだけではなく、そのほかの子どもたち(兄弟姉妹)にかかる負担についての心配も大きいです。兄弟が5人以上もいた昔と違って今は少子化ですから、1人当たりの負担も相当大きくなります。

 家族が助け合うのは当然と言えば当然でしょうが、周囲の人にかかる負担は半端ではなく、時にその人生の選択(就職や結婚や居住地など)にも重大な影響と制限を与えます。「私的セーフティネットの存在を前提にした福祉制度」は本当にこのままでいいのか、考えさせられるところです。

 政府はよく「夫婦に子ども2人の標準世帯」」という言い方をしますが、実際には単身世帯や2人世帯が急増しています。「住み慣れた家で老後を送れる在宅介護を推進する」などと、いつまでも「支える家族がいる」ことを前提に制度設計をしていると、そのうち深刻な事態を迎えることになりかねません。より現実に即した福祉のあり方、すなわち「私的セーフティネットを当てにしない公的扶助の仕組み」を考えていくべき時期がきていると思います。

 そんじゃーね。

家族類型別一般世帯数の将来見通し(出典:内閣府)

著者プロフィール:ちきりん

関西出身。バブル最盛期に金融機関で働く。その後、米国の大学院への留学を経て現在は外資系企業に勤務。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。

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