プリウスは本当に“不具合”なのか――クルマのソフトウェア化を考える神尾寿の時事日想・特別編(2/4 ページ)

» 2010年02月25日 08時00分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

プリウス、“不具合”の内容とは

トヨタが今回国土交通省に届け出たリコールの改善個所説明図。「ブレーキをかけている途中に凍結や凹凸路面などを通過してABSが作動すると顕著な空走感や制御遅れを生じる(略)一定の踏力でブレーキペダルを保持し続けた場合(略)制動停止距離が伸びる恐れがあります」との説明が付いている(クリックすると全体を表示)

 ここで改めて、今回、問題視された「プリウスのリコール」とはどのような内容なのかを振り返りたい。

 今回、プリウスの“不具合”とされたのは、ABS(アンチロックブレーキシステム※)の制御システムの部分だ。現在のクルマでは、ほぼ標準的に装着されているものだが、プリウスなどトヨタの最新型THS※※と組み合わせると、特定の使用条件下において「ブレーキが効いていない」かのような空走感や制動の遅れを感じるというもの。なお、この現象の発生中もブレーキシステムそのものは稼働しており、ドライバーがより強くブレーキを作動させるように操作すれば、問題なく制止する。この不具合は84件発生しているが、この現象に起因する事故は起きていない。

※ABS(アンチロックブレーキシステム):急ブレーキあるいは滑りやすい路面でのブレーキ操作において、タイヤがロックし滑るのを防止する電子制御装置。1978年にドイツのボッシュ社が自動車向けABSを実用化し、現在では幅広い車種で安全支援装置として採用されている。
※※THS:トヨタハイブリッドシステムの略で、トヨタがハイブリッドカー向けに開発した、ガソリンエンジンとモーターを組み合わせた動力源。新型プリウスやSAIには、THSの進化形であるTHS IIが搭載されている。

プリウスの3つのブレーキ

 なぜ、このような現象が発生したのか。

 ハイブリッドカーやEV(電気自動車)のブレーキシステムでは、モーターを発電機として使い減速時の摩擦抵抗で減速と発電をする「回生ブレーキ」と、一般的なクルマと同じくブレーキパッドの摩擦力でクルマを止める「油圧ブレーキ」の2種類のブレーキを組み合わせて使用している。

 さらにトヨタのTHSでは、回生ブレーキの効率を高めるために、電子制御技術によって回生ブレーキと油圧ブレーキを総合的に管理。ブレーキペダルを踏んだ力を機械的に直接ブレーキに伝えるのではなく、ペダルを踏み込んだ圧力をセンサーで検知し、コンピューターでブレーキシステムを制御する「ブレーキ・バイ・ワイヤー」システムを採用している※。ドライバーがブレーキを踏むと、コンピューターが回生ブレーキと油圧ブレーキの作業量を振り分け、さらに油圧ブレーキでは電動ポンプを制御してブレーキパッドの稼働に必要な油圧をコントロールする。このように、かなり複雑で高度な電子制御をトヨタのTHSは行っているのだ。

※ブレーキ・バイ・ワイヤー:プリウスなど最新版THSでは、通常使用しているのはブレーキ・バイ・ワイヤーを用いた電子的なシステムだが、故障時などコンピューター制御のシステムトラブル時にも安全に停止できるように、バックアップとして従来からある機械式油圧ブレーキシステムも搭載している。そのためコンピューターやソフトウェアの不具合で“ブレーキが効かなくなる”ことはない。

 そして、今回の現象の発生原因に関わってくるのが、「もう1つの油圧ブレーキ」の存在である。前述のようにプリウスはブレーキ・バイ・ワイヤーで電子制御された「回生ブレーキ」と「電動式油圧ブレーキ」が普段は使われているが、安全上のバックアップとして「機械式油圧ブレーキ」も搭載している。これはブレーキペダルを踏み込む力を機械的に増幅し、油圧ポンプを作動させるもので、一般的なクルマで広く採用されているものだ。すなわち、「回生ブレーキ」と「電動式油圧ブレーキ」がメインの2系統であり、予備に「機械式油圧ブレーキ」を持つ3系統のシステムなのだ。

 今回の不具合は、この回生ブレーキと油圧ブレーキの作動過程において、「凍結や凹凸路面等を通過してABSが作動すると、顕著な空走感や作動遅れが発生する」というもの。このような現象が発生する背景には、ABSと上記の“3つのブレーキ”による複雑な制御がある。

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