なぜ無酸素で8000メートル峰を登るのか――登山家・小西浩文新連載・35.8歳の時間(4/6 ページ)

» 2010年02月16日 08時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

優しい人間が“強い人間”

 高校1年生のときの成績が良かったため、推薦で山梨県にある大学に入学することができました。だけどそもそも勉強する気はないので、大学にはほとんど行きませんでした。勉強をすることよりも、とにかくお金を貯めて「エベレストに登りたい」という思いが強かったですね。なぜエベレストかというと、実は高校2年生のときに世界最高の登山家といわれているラインホルト・メスナー(イタリア)が、エベレストに酸素ボンベなしで登ったから。

 「メスナーが登れるのなら、オレも絶対に登れる」と信じていましたね。高校2年生のときに「自分の人生の目標は、無酸素でエベレストに登ること」と強く思っていました。8000メートル以上の山を登るのにあたって、技術的なトレーニングは日本でもできます。岩壁や氷壁を登ることは日本でもできますが、空気だけは無理。日本の平均気圧は1013ヘクトパスカルですが、8000メートル峰では350ヘクトパスカルほど。もちろん快晴で無風ということはありえない。気温はマイナス10〜40度くらいで、冬にはジェット気流(風速50〜100メートル)が吹き荒れますから。こうした環境でも山を登り続けなければなりません。

 つまり8000メートルの世界というのは、飛行機が雲の上を飛んでいるくらい。飛行機が安定して飛ぶ高度というのは、8000〜1万500メートルほど。この高さに自分の持っている心臓と肺だけで、行くだけではなく帰ってこなければなりません。「生きて元気で、五体満足で家に帰ること」――このことをわたしはとても大切にしています。

 ちなみに飛行機が雲の上を飛んでいて、いきなり扉が開いたらどうなると思いますか? 機内に外気が入ってくると、人間は1分ほどで失神してしまいます。そのままにしておくと、全員が死んでしまうのが、8000メートルという世界。なのでほとんどの登山家は8000メートル以上の山を登るとき、酸素ボンベを使うのです。5000メートルくらいのところにベースキャンプを作り、そして2カ月くらいかけて登っていく。また雪山では1キロ進むのに4時間くらいかかってしまう。しかも急いで登ろうとすると、うまく身体に酸素を取り入れられなくなったりする。そうすると感情が不安定になるんですよ。

 高い山にはたくさんの危険が潜んでいます。断崖絶壁であったり、岩が崩れてきそうな斜面があったり。そういう危険を乗り越え、頂上から酸素ボンベなしで帰ってこなければなりません。こうした最悪の環境に追い込まれると、人に対する思いやりが希薄になりがち。でもそうした中でも、私は人に優しい人間が“強い人間”だと思っていて、自分もそうありたいと思っています。

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