主語を「円」から「ドル」に……そうすれば何かが見えてくる相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2010年01月07日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『ファンクション7』(講談社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 2009年11月末、外為市場のドル・円相場が一時14年ぶりに、1ドル=84円台後半まで急伸したことをご記憶している人も多いはず。一般紙やテレビでは急激な円高が不況下の日本経済に壊滅的なダメージを与える、との悲観論が展開された。だが、本当に「円高」は日本経済にとって悪なのか。当コラムで筆者は何度も主要メディアの「紋切り型」報道に異を唱えてきたが、今回の円高報道にも危うい一面を見た。

円高ではなくドル安

 そもそも、なぜ今般の急激なドル安・円高が起こったかについて分析してみよう。

 2008年のサブプライムローン問題、リーマンショックを経て、米国は急激な景気悪化に見舞われた。サブプライム商品で投機を繰り返していた大銀行や証券会社が相次いで破たん、あるいは公的資金の注入を迫られた結果、未曾有の金融システム不安が巻き起こった。

 このため、米金融当局は超低金利・量的緩和政策にかじを切り、金融システムを下支えした。超金融緩和政策は、マネーという経済の血液を低利で市中に行き渡らせることを主眼に置いている。経済の教科書によれば、国際的な資本は低利の通貨よりも高利の通貨を選ぶ。つまり、低利のドルが世界的に売られている、というのが基本的な構図だ。

 専門的なことを述べさせてもらうと、富裕層や企業年金などの資金運用を担う投機筋が、タダ同然で調達が可能なドルを仕入れ、これを外為市場で売り、諸外国の通貨や金融資産で運用(キャリートレード)している。この結果として、ドルは潜在的な売り圧力にさらされているのだ。

 十数年前、日本でも大手銀行や大手証券が破たん。金融システム不安が台頭し、日銀が量的緩和政策に追い込まれた際も今と同じように円が急落し、国際的な投機筋にキャリートレードの原資を提供したのは明白だ。

 前置きが長くなったが、その時々の経済情勢に合わせて報道しなければ読者や視聴者をミスリードしてしまう。今回の急激な円高は、あくまでもドルの信認低下によってもたらされたものであり、原稿の主語となるべきなのは「ドル」に他ならないのだ。

主語は円

 「ドルを主語にした原稿はデスクからボツを食らう」――。

 こんな担当記者の愚痴が聞こえてきそうだ。実際、筆者も十数年前に外為市況を担当したので、円が主語でない原稿を出すことが難しいことは理解できる。筆者が在籍した通信社もしかりで、外為市況はすべて円を主語にするよう記事マニュアルに記してあった。

 だが、「米国の景気低迷長期化懸念を背景にしたドル売りで〜〜」的な工夫をすることは十分に可能だ。

 ちなみに、外為ディーラーに取材する際、円を主語にすると全く相手にされない。彼らプロの間でやり取りされるのはあくまでも基軸通貨「ドル」であるためだ。ドルが高くなった、安くなったが彼らプロの間で交わされる会話なのだ。それを無理にメディアの都合で「円」に置き換えてしまうため、今般のようにドルが世界的に売られている、という局面で実態に合わないトーンの原稿を多数生み出す素地になっている。そろそろ「円」に固定した原稿は辞めるべき時期にきていると筆者は感じるのだが。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.