ユニクロの未来を左右する“満足の沸点”ちきりんの“社会派”で行こう!(1/3 ページ)

» 2009年12月28日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2005年10月7日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 世の中には日常のささいなことで満足する人と、すばらしい結果が出ているのにまったく満足しない人がいます。「どの程度のことが達成できたら満足するか」という点を、ちきりんは“満足の沸点”と呼んでいます。個々人によって満足の沸点は異なり、高い人がいれば低い人もいます。

 1人の人生の中でも、沸点の高い時期と低い時期があります。たいてい若い時の方が満足の沸点が高いため、若者は常に社会や自分に不満、フラストレーションを感じています。しかし、誰しも年をとるにつれて満足の沸点は下がってきます。中年からシニアの年代になれば「ご飯がおいしい」「孫から電話があった」くらいのことで満足を感じられるようになります。

 年齢とともに満足の沸点が下がることは必ずしも悪いことではありません。満足の沸点が低ければ、より確実に「満足」を感じることができ、「幸せ度」が上がっていきます。それは若い人には妥協に見えるかもしれませんが、中高年からすると“人生に感謝する度合いの高まり”です。

 逆の言い方をすれば、何にも満足できずモンモンとするのは若者の特権とも言えます。満足しない心、すなわち高い満足の沸点を、年をとっても維持し続けることは結構難しいことなのです。

 事業で成功した人の中にも、一定のところで「それより上」を求めなくなる人もいます。「人生を楽しもう」とか「見えてしまった」と言い出し、適当に楽しみながら会社を回すようになる。お金は十分あるし、タレントも合コンに押し寄せる。若い時には考えられなかったぜいたくができる。そして、その現状に満足してしまう。

 芸人や作家も同じで、“大御所”と言われる立場になって「満足しちゃいました」的な匂いがプンプンする人もいます。でも、人間は満足の沸点に達したとたん、成長できなくなってしまう。

 したがって、最終的に希有な結果を残せる人というのは、「他人から見ると大成功を収めているにも関わらず、満足しない人」であり、この「決して満足しない」というのは“才能”と言えるくらいすごいことなのです。

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