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» 2009年12月25日 08時00分 UPDATE

元朝日新聞の本多勝一が語る、衰退するメディアと取材の方法(後編) (1/3)

購読部数や広告収入の減少により、苦境に立たされている新聞業界。紙面はいわゆる“発表モノ”が増えている一方、ルポルタージュはめっきり減った。こうした状況に対し、かつて朝日の“スター記者”と呼ばれた本多勝一氏はどのように見ているのだろうか。

[土肥義則,Business Media 誠]

 購読部数や広告収入の減少により、苦境に立たされている新聞業界。こうした状況に対し、かつて朝日の“スター記者”と呼ばれた本多勝一氏はどのように見ているのだろうか。前編に続いて、後編をお送りする。

 →元朝日新聞の本多勝一が語る、2つの戦争と記者の覚悟(前編)

※本記事は日本ジャーナリスト会議主催の集会(12月8日)にて、本多氏が語ったことをまとめたものです。

中国を取材した理由

yd_honda10.jpg 元朝日新聞記者の本多勝一氏

――南京大虐殺は「なかった」というマスコミが増えているような気もします。

 「なかった」というのは新聞社にもよるのではないだろうか(笑)。少なくとも朝日新聞は「なかった」とは言っていない。私の場合はルポルタージュによる報道で、すべて南京で被害などにあった人から話を聞いている。間接的は話は一切ないのだ。

 被害者は少なくなっているだろうが、当時子どもだった人は生き残っているはず。もし南京大虐殺が「なかった」という人は、彼らから話を聞いてみてはどうだろうか。

 私は『南京大虐殺』という本を出したが、これまで「ここがウソ」という指摘はない。ただ情緒的にいろいろなことを言われてきたが、具体的な反論は全くない。というより、具体的な反論などできるはずがない。もし私に反論したければ、現場に足を運んでから反論するべきだ。

――本多さんは『中国の旅』という本を書かれていますが、なぜ中国で取材をしようと思われたのですか。

 最も大きな理由はベトナム戦争。ベトナム戦争で米国のひどいやり方を見てきて、「日中戦争で日本はどんなことをしてきたのか?」と考えた。そして中国を取材することになったのだ。

 そして中国での取材が終わったあと、米国の取材を始めた。「ベトナムでこんなひどいことをした米国というのは、どんな国なのか?」。この疑問がきっかけとなり、『アメリカ合州国』という本を出すことになった。

新聞ジャーナリズムの低迷は当然

――以前、本多さんがお話していた「日刊新聞を立ち上げる」という企画は、その後どうなっていますか? 新聞をとりまく環境は厳しさを増していますが。

 いまでも既存の新聞には“あきたらないもの”を感じている。「(朝日新聞を退職したころ)新しい新聞を作るべき」といった考えを持っていたが、日刊紙を作るのは難しい。なので、とりあえず『週刊金曜日』を創刊した。なぜ日刊紙を作るのが難しいのかといえば、新聞を配達する販売店の組織がないから。これがネックとなり、日刊紙の実現に至っていない。

 もう1つの問題はインターネットの台頭により、新聞が苦境に立たされているからだ。なので日刊紙を立ち上げる場合、まずはインターネットのことを考えなければならないだろう。

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