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» 2009年12月15日 08時00分 UPDATE

朝日新聞の“名物記者”は、こんな人たちと戦ってきた (1/4)

朝日新聞の政治部長などを経て、2002年に論説主幹に就任した若宮啓文氏。社説の責任者を務めている間、イラク戦争や北朝鮮の拉致問題などさまざまな出来事があったが、彼はそのとき何を考えていたのだろうか。

[土肥義則,Business Media 誠]

 2002年に朝日新聞の論説主幹に就任した若宮啓文氏。社説の責任者を務めた5年7カ月の間、彼はどのような人たちと戦ってきたのだろうか。政治家やメディアなどと戦った日々について、語った。

※本記事は聖学院大学で行われた講演会(12月2日)で、若宮氏が語ったことをまとめたものです。

若宮啓文(わかみや・よしぶみ)氏のプロフィール

1948年東京生まれ。70年に東大法学部卒業、同年朝日新聞社入社。政治部記者、論説委員、政治部長などを経て02年9月に論説主幹に就任し、社説作りの責任者となる(08年3月まで)。その間、小泉訪朝、イラク戦争、郵政解散、安倍内閣の誕生と退陣など歴史的な出来事が続発。小泉首相の靖国神社参拝批判で読売新聞主筆の渡辺恒雄氏と共闘し、月刊『論座』での2人の対談は大きな反響を呼んだ。著書に『和解とナショナリズム――新版・戦後保守のアジア観』、『右手に君が代 左手に憲法――漂流する日本政治』、『闘う社説 朝日新聞論説委員室 2000日の記録』など。


最近の若い記者は“感度”が悪い

yd_wakamiya.jpg 朝日新聞で論説主幹を務めた若宮啓文氏

 「最近の若い記者は“感度”が悪いな」と感じている。仕事が忙しいことは分かるが、感度が悪いということは批判精神が乏しいことと関係があるのかもしれない。ただ批判精神が乏しいのは、新聞社だけに限らないのではないだろうか。世の中全体がそんな風潮にあるような気もしている。私の大学時代は全共闘時代なので、批判精神の塊のようなものだった。しかし、いまの大学はいわゆる立て看板がない一方、コンパをしたり、大麻を吸ったり、昔と比べ時代は大きく変わってしまった。

 ジャーナリズムというのは言葉の定義が難しいが、国語辞典(三省堂『大辞林』)を見てみると「新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど、時事的な問題に対し、報道解説を行う組織や人の総体。あるいはそれを通じて行われる活動」と書いてある。しかしジャーナリズムとマスメディアの違いというのがよく分からない。おそらく「ジャーナリズム」というのは国語辞典に書いてあることよりも、何らかの意味が込められているのではないだろうか。

 例えば「職業は何ですか?」と聞かれた場合、私は「新聞記者」と答えている。なぜ「私はジャーナリストです」と言わないかというと、「そんな立派な人間ではない……」と感じてしまうからだ。もちろんジャーナリストとしての誇りはある。おそらくジャーナリストの精神といえば、発表モノのように情報を右から左に流すのではなく、理念や志を持って取材することを指すのであろう。

 ただ最近のように新聞が売れなくなると、特に良い広告が集まらなくなる。昔の全国紙は大手の銀行や自動車会社の広告が掲載されていたが、最近では通信販売などに変わってきている。また広告単価を落としているので、記者の給与も下がってきているのが現状だ。

 人間の体もそうだが、企業も体力が弱ってくると精神が蝕まれてくるもの。ジャーナリズムも志の部分……権力の横暴や隠ぺいなどをチェックするといったことが、弱くなってきているのではないだろうか。こうした現象は「少しずつ進んでいる」と感じている。

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