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» 2009年12月14日 08時00分 UPDATE

岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは (3/7)

[堀内彰宏,Business Media 誠]

素の自分になって決断できるかどうか

岡田 じゃあ全部勘が当たるかというと、そう当たりはしないですね。でも、当たる確率を高くする方法があるんです。それは何かというと、「決断をする時に、完全に素の自分になれるかどうか」ということです。「こんなことをやったら、あいつふてくされるかな」「こんなことやったら、また叩かれるかな」「こんなこと言ったらどうなるかな」、そんな余計なことを考えていたら大体勘は当たりません。本当に開き直って素の自分になって決断できるかどうか、これがポイントなんです。

 僕は座禅をやるのですが、座禅でよく言う“無心”。無の心なんて簡単になれないですよ、そんなもん。僕は自分の弱さを知っていますから、できるだけ邪念を入れないためにいろいろやります。

 例えば、僕は選手と一緒に酒を飲んだりは絶対しません。なぜか? 酒を飲んでわいわいやって、翌日「君、クビ」と僕は言えない。仲人は絶対しません。仲人をやって奥さんやご両親知っていて「はい、君アウト」と僕は言えない。浪花節なところがあるんでね。だからあえて僕はそういう一線を常に引いています。

 この前、ケープタウンでヒデ(中田英寿)がたまたま来ていて、「飯食いませんか?」と言うから、僕はちょっとほかの人と先約があったので「俺は人とここで食ってるから、もしよかったら来たら」と言ったら来たことがあります。酒を飲みながら話していて、「あれ、俺よく考えたら、ヒデとこうやって酒を飲むのは初めてだな。10何年間なかったな」と思ったくらい、僕は自分の中で一線を引いています。

ah_nakata.jpg nakata.net――中田英寿オフィシャルホームページ

 僕も人間ですからみんなから「いい人だ」と言われたいし、好かれたいですよ。でも、この仕事はそれができないんです。なぜなら、選手にとっての“いい人”“いい監督”というのは「自分を使ってくれる監督」ですから。僕は11人しか使えないので、あきらめないとしょうがないんです。

 選手でも日本代表選手にもなるとみんなしっかりしていますから、「監督、僕はこう考えていて、こういう風にしたい」とか「私生活でももっと自由にこういうことをしたい」とかいろんなことを言ってきます。

 僕は聞きます。正しいと思ったらもちろん受け入れますが、そうではなかったら「俺は監督として全責任を負ってこう考えている。お前は能力があると思うからここに呼んでいる。お前がやってくれたら非常にうれしい。でも、どうしてもやってられない、冗談じゃねえというのなら、これはしょうがない。俺は非常に残念だけどあきらめるから出て行ってくれ。怒りも何もしない、お前が選ぶんだ」と言います。みなさんはご存じないと思いますが、つい最近もそういう事件がいろいろあって、その時もそういうスタンスを常に僕はとっていました。

 そこで選手の肩を抱いて、「お前、頼むからやってくれ」「お前がやってくれたら」なんてことをやっていたらチームなんかできません。ましてや代表チームなんてお山の大将が集まってきているわけですから、とてもできないです。ある意味突き放したようなところがあります。

 そりゃあ正直、(選手を落とすことは)やりたくないですよ。ジーコが日本代表監督の時、2006年ドイツW杯直前に久保(竜彦)をメンバーから落としたんです。その時、僕は久保が所属している横浜F・マリノスの監督だったんですね。久保が落とされた後、マリノスの練習場から帰ろうとしたら、たまたま駐車場に久保の家族がいて、久保には小さなかわいい女の子がいるんですけど、その子が「ジーコだいっきらい」と叫んでいたんですね。「ああ、また俺もそうなるんだなあ」と思い出しました。

 ほかにも、スタジアムに試合を見に行ったら、じーっとにらんでいる女の人がいるんですね。「身に覚えがないなあ」と思って聞いてみたら、僕がメンバーから外した選手の奥さんだった。それは当たり前なんです、そうなるんですよ。それが嫌だったら日本代表監督なんてできないのですが、そういう意味でいかにいろんな雑念を払って、チームが勝つために決断できるかが大事です。

 その時に例えば、私心で「俺がこう思われたいから」「俺がこうなりたいから」と思って、選手を外したとしますよね。これは一生うらみをかいますよ。ところが自分自身のためではなく、「チームが勝つために」という純粋にそれだけでした決断というのは、いつかは伝わるんです。そりゃね、みんな落とされた時は頭にきますよ。会いたくもないでしょう。

 でも、「本当にそういう私心がなくやったとしたら、いつかは伝わる」と僕は信じているんです。そう信じないと中々できないんですけどね。外国人だったら自分の国に帰ってしまえばいいのですが、僕は一生この日本のサッカー界にいるわけですから、そういう奴らとまたどこで出会うか分からないわけです。そういう意味で私心をなくして、無心の状態で決断していかないといけない。

 でも、どうです。無心になるために修行を積んでいるお坊さん、銀座でクラブの姉ちゃん相手にいっぱい酒を飲んでいますよ。そんなもんね、簡単に無心になんかなれないですよ。この俗物の固まりみたいな俺が無心になれるわけがないんですよ。ところが、手っ取り早く無心になる方法が1つだけあるんです。何かといったら、どん底を経験するんです。

遺伝子にスイッチが入る

岡田 経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われるのですが、どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな便利で快適で安全な、のほほんとした社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないんですよね。ところがどん底に行った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ。

 僕は1997年のフランスW杯予選の時にスイッチが入りました。当時は今なんかと比べ物にならないくらい、日本中がちょっと気が狂っていたかのように大騒動していました。初めて出られるかもしれないW杯を前にして、みんなが何も分からなかったんです。

 スタジアムでイスを投げられたりして、(国立競技場の警備をしていた)四谷警察署の人から「危険ですから裏から逃げてください」と言われて、「何で逃げなきゃいけないんだ。俺は何も悪いことをしていない。正面から出て行く」と言っても、パトカーに押し込まれて裏から逃げたりね。それは悔しかったですよ。

 僕はあの時も急に監督になったので、有名になると思っていなかったから電話帳に(住所や電話番号を)載せていたんです。脅迫状や脅迫電話が止まらなかったですよ。家には変な人が来るしね。僕の家は24時間パトカーが守っていて、「子どもは危険なので、学校の送り迎えをしてください」という状況で戦っていました。

 ある時、ピンポーンと鳴って、「はい」と言って出たら、「私、中田さんと結婚したいんですけどどうしたらいいでしょうか」と言われて、「はあ、ちょっとサッカー協会に聞いてみてください」と答えたらいったん帰ったものの、またピンポーンと来て、「あのう、サッカー協会の電話番号を教えてください」と言われて、「ほっといてくれよ」と思ったこともあります(笑)。それは、まだいい方ですよ。

 本当にありとあらゆることがあって、テレビで僕のことがボロカスに言われているのを子どもが見て泣いていたりとか、家族も本当に大変な経験をしました。自分自身もそんな強い人間ではないですから、のたうちまわっていましたね。自分の部屋でものを投げたりすることもありました。

 そんな中、最後にマレーシアのジョホールバルというところで、イランとの最終決戦がありました。そこで負けてもオーストラリアとのプレーオフがあったのですが、オーストラリアは大変だということで、僕はジョホールバルから家内に電話して、「もしイランに勝てなかったら、俺たちは日本に住めないと思う」と言いました。冗談じゃなく、その時本気で考えていたんです。「2年くらい海外で住むことになると思うから覚悟していてくれ」と本気で話していました。

 ところが、その電話をしてちょっとすると、何かポーンと吹っ切れたんです。「ちょっと待てよ。日本のサッカーの将来が俺の肩にかかっているって、俺1人でそんなもの背負えるかい。俺は今の俺にできるベストを死ぬ気でやる、すべてを出す。でも、それ以外はできない。それでダメなら俺のせいちゃうなこれは。絶対俺のせいちゃう。あいつあいつ、俺を選んだ(日本サッカー協会)会長、あいつのせいや(笑)」と完全に開き直ってしまった。

 そうしたら、怖いものは何もなくなった。何か言われても「悪いなあ、俺一生懸命やってんだけどそれ以上できないんでな。もう後はあの人(会長)に言って」という感じに完全に開き直った。本当にスイッチが入るという感じだった。要するにそうやって人間が本当に苦しい時に、簡単に逃げたりあきらめたりしなかったら、遺伝子にスイッチが入ってくるということです。

 よく標語が書いてあるカレンダーがあるじゃないですか。ジョホールバルから帰ってきた後、吊るしてあったのをたまたま見ると、「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあったんです。その通りなんですよ。苦しい、もうどうしようもない、もう手がない。でも、それがどん底までいってしまうと足がつくんですよ。無心になんか中々なれないけど、そういうどん底のところで苦しみながらも耐えたらスイッチが入ってくるということです。

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