なぜ会社は辞表を書かせようとするのか――解雇との違い吉田典史の時事日想(2/3 ページ)

» 2009年12月11日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

  

 数カ月前に取材した東京都労働相談情報センター(旧労政事務所)のベテラン相談員も、こう言っていた。

 「中堅・大企業の場合、かなりの額の助成金を国からもらうことを想定した上で、毎期の総額人件費の管理が成り立っている。このカラクリを踏まえると、よほどのことがない限り、正社員の解雇はできない。おのずと、辞表を書くことを求めるでしょう。

 いま、大企業で大規模なリストラが行われているが、そのうち解雇されるのはほんのごく少数。大多数の人が辞表を書くことで退職している」

 ここで、大切なことを述べたい。時おり、経済評論家などが「小さな会社はモラルが低く、大企業は高い」と言っている。私は解雇の観点からとらえると、それは説得力に欠ける見方だと思う。歴史の浅いベンチャー企業や中小企業を取材すると、経営者から確かに「社員を解雇をした」と聞く。そのときに質問を投げ掛けると、経営者が助成金の存在を知らないことが多い。たとえ知っていても、人事部などが社内にないために国に受給の申請をする時間的な余裕がないのだという。

 多くの中小企業は大企業のように助成金をもらい、経営を安定化させるカラクリを知らない。このあたりの考察をすることなく、「中小企業は解雇をするからモラルが低い」と批判をするのは論理に無理があるのではないか、と私はかねてから思っている。

 助成金に加え、退職金のカラクリもおさえると会社の魂胆が一層見えてくる。退職金は規定(賃金規定)などを確認しないと、分からないケースがあるが、「解雇など会社都合退職の場合、その社員の退職金は自己都合のときよりも増えるはず」(杉山氏)。会社都合で辞めた場合、退職金は自己都合のときよりも2〜3割ほど多くもらえるだろう。だからこそ会社は解雇ではなく、辞表を書かせようとするのだ。

会社が行う精神的虐待

 会社が辞表にこだわる理由として、労務トラブルを避けたいことが挙げられる。これは、解雇を受けた社員が労政事務所やユニオンのような労働組合、さらには労働局雇用均等室や労働基準監督署などに訴えることを意味する。これらを総称して「第三者機関」と言う。なお、第三者機関を交えての会社との闘い方は、以前「時事日想」で紹介した(関連記事)

 会社というのはたたけばホコリが出るので、経営陣は第三者機関を警戒する。社内の問題は社内で解決したいのである。そうすれば、ナアナアにできる。第三者機関が入ると、それができない。だから、会社は解雇ではなく、辞表にこだわるともいえる。辞表であれば、本人の意思で辞めることを意味するのだから、第三者機関は会社に入りにくくなるのだ。

 数カ月前、労働基準監督署の監督官や労政事務所の相談員を取材した。経営陣は、相談員や「解雇は不当」などと告発した社員に対し、次のようにののしることがあるという。

 「飼い犬(告発した社員)に手をかまれた。あなた、責任をとれよ!」

 「会社のことをぺらぺら話して、(告発した社員が)ひとりでいい子ちゃんぶっている」

 「こういうところ(監督署など)では自分の非を伝えることなく、会社のことをなじっている」 

 「君自身がすべての問題の元凶。早く、責任をとれよ!」

 「君の話は、 まるでト書きの小説みたい。みんな、嘘だ!君は、ここまでして自分を正当化しようとしている」

 いずれも、直接、本人に言うのである。監督官や相談員の前で言うのだ。信じられないだろうが、事実である。

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