なぜ会社は辞表を書かせようとするのか――解雇との違い吉田典史の時事日想(1/3 ページ)

» 2009年12月11日 08時00分 公開
[吉田典史,Business Media 誠]

著者プロフィール:吉田典史(よしだ・のりふみ)

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年よりフリー。主に、経営、経済分野で取材・執筆・編集を続ける。雑誌では『人事マネジメント』(ビジネスパブリッシング社)や『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)、インターネットではNBオンライン(日経BP社)やダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社)で執筆中。このほか日本マンパワーや専門学校で文章指導の講師を務める。

著書に『非正社員から正社員になる!』(光文社)、『年収1000万円!稼ぐ「ライター」の仕事術』(同文舘出版)、『あの日、「負け組社員」になった…他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)など。ブログ「吉田典史の編集部」


 先日、特定社会保険労務士であり、HRMオフィス代表の杉山秀文氏にこんな質問をした。「会社は辞めさせたい社員を解雇するのか、それとも辞表を書かせるのか」――。

 25年以上も人事関連の仕事に携わってきた杉山氏は、即座にこう答えた。

 「約8〜9割の会社が、解雇通知を出すことを避けたいと思うはず。その代わりに、その社員には辞表を出してもらいたいと願うだろう。それが、後々のトラブルを防ぐと考えるからだ。経営者や役員は、会社員が想像する以上に労務トラブルになることを避けようとする」

 会社は解雇したことにより、社員から解雇無効などで訴えられることを警戒しているのだ。言い方を変えると、狙った社員には執拗(しつよう)に辞表を書かせるように仕向けてくるとも言える。

 会社の「解雇ではなく、辞表を取りに来る」というアプローチを裏付ける調査結果がある。若い労働者を支援するNPO法人の「POSSE」(ボッセ)は、若い失業者を対象にアンケート調査を行った。調査は、30代までの若者445人を対象に実施。そのうち321人が、「自己都合で退職した」と答えた。しかし、その4割近くは上司から厳しく叱責(しっせき)されたりするパワーハラスメントや賃金不払いなどを理由に退職していた(日本経済新聞10月31日)。

 会社としては、このようなきわどいことをしてまで社員が自らの意思で「辞めた」という事実を作りたいのである。

大企業が解雇にできないカラクリ

 会社が辞表にこだわる理由を「助成金」や「退職金」の観点からとらえると、より実態が見えてくる。助成金とは、企業などが一定の条件をクリアすれば、国からもらえるお金のこと。返済不要であり、利子もかからない。その意味で、銀行のような金融機関から受ける融資とは大きく異なる。このお金は、事業主(会社などの経営者)が支払っている雇用保険料からまかなわれている。

 杉山氏は、トライアル雇用助成金(労働者の仕事を適正に判断してから正式に雇用する制度。この制度を利用した会社に対し、助成金が支払われる)を例にこう説明する。

 「この助成金の受給要件の1つに、特定の労働者(40歳未満の人や母子家庭の母など)のトライアル雇用終了までの間に解雇がないことが挙げられている。つまり安易に解雇すると、この助成金をもらうことができなくなるかもしれないのだ」

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