インタビュー
» 2009年11月28日 15時30分 UPDATE

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」:本場スイスで初めてヨーデルCDを発売した日本人歌手――北川桜さん(後編) (1/7)

アルプスの民俗音楽であるヨーデル。なぜ日本人である北川さんは、プロのヨーデル歌手になろうと思ったのだろうか。そして、日本で活動しながら、本場スイスで一流と見なされるに至ったきっかけとは?

[嶋田淑之,Business Media 誠]

嶋田淑之の「この人に逢いたい!」とは?:

 「こんなことをやりたい!」――夢を実現するために、会社という組織の中で、あるいは個人で奮闘して目標に向かって邁進する人がいる。

 本連載では、戦略経営に詳しい嶋田淑之氏が、仕事を通して夢を実現する人物をクローズアップしてインタビュー。どのようなコンセプトで、どうやって夢を形にしたのか。また個人の働きが、組織のなかでどう生かされたのかについて、徹底的なインタビューを通して浮き彫りにしていく。


 「アルプスの少女ハイジ」でもお馴染みのアルプスの民俗音楽ヨーデル。スイス・オーストリア・ドイツの山岳地方で育まれた、どちらかといえば日本人には縁の薄い音楽分野において、本場スイスで一流と評価される日本女性がいる。北川桜さんである。

 →本場スイスで初めてヨーデルCDを発売した日本人歌手――北川桜さん(前編)

人生を決定付けた幼少時代のスイス旅行

ay_sakura03.jpg ヨーデル歌手、北川桜さん

 「私の父方の先祖は、江戸時代に天文方の旗本をしていた人。ひいじいさんはレンガ職人でした。祖父は画家だったんですが、今で言うスタイリストに近いんでしょうか、当時の、日本橋三越のショーウィンドーなんかも手がけていました。父は児童文学者・詩人の北川幸比古です。

 両親の教育方針は、北川幸比古風に言うと『人はみな比べられない。それぞれ良いものがある。それぞれめいめい1番』となります。詩人・金子みすずの「小鳥と鈴とそれから私、みんな違ってみんないい』のあれです(笑)。良い学校、良い会社という、偏差値的というか画一化された価値観で人を見るのではなく、その人その人が持つ個性の輝きを大切にする親でした。

 おいしいものは皆でシェアし、皆で人生を楽しんでゆこうという考え方でしたから、そんな中で私も、『人に喜んでもらえる人になる』ということが自然に身についていったように思います。いつしか“人を暖かい気持ちにしたり、慰めたり、元気付けたりして生きてゆきたい”と思うようになりました」

 将来は音楽家になるというファクター、またはヨーデル歌手になるというファクターは、そうした幼年時代にすでに存在したのだろうか?

 「実はそうなんです(笑)。6〜7歳の頃、初めてヨーロッパ旅行に父が連れていってくれたんですが、そのとき一番印象に残ったのがスイスでした。どの家にもお花があって、草原には牛がいて、子供心に夢があっていいなあって思ったんです。夜になると民俗音楽のライブで一緒に踊ったり歌ったりしたのが、物凄く楽しかったですね。すっかりその魅力の虜になった私は、親に民族衣装を買ってもらい、帰国後は、しょっちゅうそれを着てたんですよ。それ以来、私は、『草原+少女』の世界が好きで好きでたまらないんです(笑)。『アルプスの少女ハイジ』『サウンド・オブ・ミュージック』『赤毛のアン』『大草原の小さな家』とか、ずーっと大好きです」

ay_sakura11.jpg 幼いころのヨーロッパ旅行で、スイスの民族衣装を着た写真。このときの体験は、北川さんに大きな影響を与えた
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