アニメを“絵空事”にしないために――『サマーウォーズ』のロケハン術(3/6 ページ)

» 2009年10月27日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

自然が美しいだけの田舎を描きたくなかった

岡本 写真4は上田電鉄です。ほとんど同じように見えますが、アニメでは角間温泉(上田市の北東)行きになっていて、写真では別所温泉(上田市の南西)行きになっています。

細田 現実には角間温泉の方に今電車は走っていないのですが※、(砥石城がある角間温泉方面に)上田電鉄がもし走っていたらと見立てて描いています。一見、忠実に再現しているような顔をしていますが、これも嘘をついています。

※1972年までは上田交通真田傍陽線が走っていた。
上田電鉄別所線(写真4)

岡本 写真5も上田電鉄の車内ですが、私はこの丸窓は最初アニメでの創作だと思っていました。

 もともとこういう電車が走っていて、一度なくなったのですが、今それを模した電車を復活させて走らせています。

岡本 この丸窓とかは、いつも乗っている地元の方は「珍しい」とだんだん感じなくなるものだと思うのですね。ただ、それを監督のように外部から来た人が非常に面白がったり、違うじゃんと思ったりする。そういうものの代表かなと思いながら見ていました。

細田 そうですね。以前妻も乗っていたという話なのですが、「丸窓がすてきだった」とは聞かなかったですね。丸窓や木の電車の魅力は、自分が行って初めて気づきました。

車内の風景(写真5)

岡本 写真6は田園風景と一般的に書いていますが、『サマーウォーズ』で描かれている抜けるような空気感は信州らしいですよね。この空気感を伝えるために、どのように工夫されたのでしょうか?

細田 『サマーウォーズ』は夏が舞台の映画なので、夏の気持ちよさを伝えたかったんです。特に自分の印象だと、上田は空気の流れが早くて、空の青が濃いんですね。そこで、予告編にもあるように、東京の風景はちょっとくすんだような色味にして、上田は空の青を抜けるような、パキッとした色で表現しようと美術さんに言いましたね。

 山も光と影のコントラストがはっきりしているのですが、それはアニメで補正をかけたというわけではなく、もともと上田がそういう風景なんです。

 上田は全国的に見ても雨が降らない地域で、晴天率が高いんです。航空地図を見ると青い固まりがいくつか写っていて、「これは何ですか?」とよく聞かれるのですが、みんな池なんです。雨が降らないので、たくさんため池があるのです。

岡本 だから上田市はしばしば映画のロケ地になっていたのかもしれませんね。雨が降ると撮影できなくて、それだけ予算もかさんできますからね。

細田 また、上田に限らないのですが、日本のあちこちにある郊外店を描きたいと思いました。田舎の人はクルマがない生活はできないですから、そういう郊外店の雰囲気は、今の日本の田舎の風景のポイントの1つだと思ったのです。つまり、古きよき昔の懐かしき日本ではなくて、クルマで行くようなバイパス沿いに大きな店舗がポツポツあるというのが今の田舎の風景だと思うのです。田舎は自然ばかりで美しいのではなくて、郊外の大型店もあるというようなところも含めて「いいな」と思ってもらえる感じの絵にしたくて、こういった風景を使いました。

田園風景(写真6)

岡本 写真7は陣内家の門ですね。

細田 陣内家に主人公がやってきたら、一般の家に行ったつもりがこういう門がある旧家だったという話なのですが、その門は上田城の門をモデルにしました。モデルにというか、そのまま移築したような感じなのですが、上田城の東虎口櫓門というのは上田市の象徴的なビジュアルなんじゃないかなと思いますね。

 上田市の人なら誰が見ても分かる代表的な風景ですね。アニメで主人公が入っていくシーンを見ると、「ああ、あの門だ」と上田の人は分かるし、「すごいな」と思うでしょうね。「そこに入っちゃうんだ」ということで。

細田 陣内家は真田家をモデルにしているので、要するに上田城の真ん中に民家を立てているようなものです。ただ、上田城は平城(ひらじろ)で東虎口櫓門も平城の門なのですが、(陣内家がある場所と想定している)砥石城ははるか下を見下ろせるような山城です。城マニアから言えば「こんなデカイ門は山城にはねえよ」という話もあるのでしょうが、まあそれでも真田家の象徴的な門として採用せざるをえない話ではありますね。

岡本 今さりげなく山城、平城といった専門用語が出てきたのですが、どれだけ調べてロケハンに臨まれたのでしょうか。監督のロケハンスタイルをうかがいたいのですが。

 ロケハンでは結構、真田家の話はしましたね。ただ正直、監督がかなり詳しいので、自分で対応できるのかなと思いました。それだけよく勉強されていましたね。

細田 勉強というか、それまでに妻から聞いていたことで、上田市のことを身近に感じられていたというのがあるでしょうね。

陣内家の門(左)と上田城東虎口櫓門(右、写真7)

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