お得感のトリック “妥当な価格”は幻想?ちきりんの“社会派”で行こう!(3/3 ページ)

» 2009年10月26日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]
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経済成長とは“妥当な値段”が上がっていくプロセス

 ところで、実は経済成長とは、“人々が妥当だと思う値段”が全体として少しずつ上がっていくプロセスでもあります。

 昔はみんなが1万円のものを高級品だと思っていたのに、そのうち多くの人が「1万円なら普及品、高級品とは3万円から」という感覚に変わっていく。そして全体に売れ筋商品の平均価格が上がっていきます。この「妥当価格」が切り上がるためには、経済成長とそれにともなう収入の伸びに加えて、「より高い価格を正当化する理屈、理由、ストーリー」が必要です。

 「高くても価値があるんだな」と、消費者がより高い価格を正当化しやすくなるストーリー。例えば、「このブドウはこの畑でしかとれない」「日本に何人かしかいない職人が何カ月もかけて作った」「この店は創業200年で天皇家にも納めていて」とかね。そういうストーリーを感動的に盛り上げることによって、商品、サービス自体の本質的な効用は何も変わらないのにプレミアム価格の妥当性が形成されていくのです。

 ホテルも昔は一泊1万円で超高級だった。それがバブル期は一泊2〜3万円でも“妥当な値段”になった。ここ数年で東京都心に大量進出している外資系ホテルの場合、一泊4〜6万円くらいですよね。

 ホテルなんてベッドとデスクがあって、バストイレが付いていて、という本質的なところに大きな差はない。設備が新しいとか少し広いとか家具が豪華だとかの違いはあるにしても、それだけだとせいぜい半日ほどしか過ごさない場所に6万円は出してもらえない。

 そこでその値段を正当化するために、「究極のサービス」「世界のセレブが定宿として使用」などの“物語”が喧伝される。社内研修を感動ドラマ風に演出して「○○ホテルグループでは、こうやって世界に通用する特別なホテルマンを生み出しています」などとテレビで特集することもあります。そういうのを見てるうちに「1泊6万円なんてありえない」と言っていた人たちが、「あのホテルのサービスにはそれだけの価値があるんだ!」と言い出す。

 単なる幻想ですよね。客観的に見ればそんなのは普通の研修だし、帝国ホテルのサービスは一泊2万円の時代から今の外資系ホテルのサービスに何の見劣りもしなかった。でも、そんなことを言っていたら経済レベルが“ランクアップ”しない。一泊6万円を「妥当な値段なのだ」と認識する社会層が作りだされないと、消費市場は拡大しない。

 反対に人々が「妥当な価格」を競って切り下げ始めると、景気が良くなることはありません。「まつたけもしいたけも胃腸に入ったら同じ」と言い出したら、「車なんて走ればいいのだ」と言い出したら、高いモノは売れなくなり消費市場はどんどん縮小してしまいます。

 いかにして人々が感じる“妥当な価格”を引き上げていくか、そこがビジネスの腕の見せ所ということなのでしょう。

 そんじゃーね。

著者プロフィール:ちきりん

関西出身。バブル最盛期に金融機関で働く。その後、米国の大学院への留学を経て現在は外資系企業に勤務。崩壊前のソビエト連邦などを含め、これまでに約50カ国を旅している。2005年春から“おちゃらけ社会派”と称してブログを開始。

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