弘兼憲史氏&青年漫画誌編集長が語る、漫画編集者の仕事とは劇的3時間SHOW(4/5 ページ)

» 2009年10月21日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

手塚治虫氏に試された編集者

『モーニング』公式Webサイト

弘兼 これまで何十年と編集者をやってきて、思い出に残っているエピソードはありますか?

古川 僕の一番の思い出は先ほど言ったように、ちば先生を担当している時にネームのやり取りがすごく厳しかったこと、というか編集者が試されていたことです。その流れなのですが、『あした天気になあれ』というゴルフ漫画の担当になってから6カ月後、あるアイデアを言おうと思って仕込んでいったんです。たまたま気球に乗ったことがあって、その気球のパイロットが「風には色があるんだよ」と言ったのをいいなと思って、ゴルフボールが飛ぶ時に「この層は色が違う」と言わせたらいいのではないか、と思ってちば先生に言ったら、先生は「うーん」と言って30分間沈黙してしまったんですね。もう冷や汗です。

 それで30分後に出てきた言葉が、「それは面白いアイデアだけど、ここじゃないよ」と言われて、「よかった、怒ってないんだな」と思いました。そのアイデアは2年半後に漫画の中に登場して「ああ、救われた」と思ったのですが、その時にはもう担当は僕から変わっていました(笑)。

 面白いところでいくと、『ヤングマガジン』で『湾岸MIDNIGHT』を連載している楠みちはるさんという漫画家さんがいますよね。彼は僕と同じ年代で、『週刊少年マガジン』を一緒に作ってきた仲間なのですが、ある時、原稿が遅いので会社で缶詰にして描いてもらったことがあります。しかし、朝、みんなが会社に来たら、机の上に「探さないでください」と置き手紙をして逃げてしまっていたのです。

弘兼 彼は原稿が間に合わないと思うと逃げるんですよね。逃げてどうするんですかね(笑)。

古川 でも、大体ですが居場所が分かるんですよ。担当は逃げる前に行くところを把握しているので。それで知らないところには行けないので、大体そこに逃げるんです。楠さんも目星を付けた場所に電話を入れたら、やっぱりそこにいました。3日ぐらい経って、丸坊主にして出てきたのは面白かったですね。

弘兼 楠さんに「どうやって逃げるの?」と聞いたことがあります。とりあえず編集者がずっと机の周りにいるので、「ちょっと小便行ってきます」と言ってトイレに行って、トイレの小窓から逃げると。それで、横の駐車場にとめてある車に乗って、関越自動車道を飛ばして、明け方に中央アルプスのあたりまで行く。そして、タバコを吸いながら、アルプスに朝日が当たるのを見て、「これで(原稿が)落ちたな」と思うって言っていました(笑)。

吉野 私は先ほどの弘兼先生が「(『人間交差点』を)やめる」と言った話が一番怖かったですね。ただ、人から聞いた話だと、手塚治虫先生が3パターンのネームを持ってきて、「君はどう思う?」とある編集者に尋ねたことがあったらしいんですね。そのどれを選ぶかで編集者を値踏みしていたらしいのですが、その編集者は「全部面白くないので、こういうのはどうですか」と言ったらそれが正解だったという話があります。

弘兼 その編集者、勇気ありますね。

吉野 それが長崎尚志さんなんですけどね。自分でそう言っていましたが、もちろん全部そのままとは限らないとは思います(笑)。

弘兼 古川さんは原稿を破ったり、作家とけんかしたりとかはありますか?

古川 けんかになるというか言い合いになるのはしょっちゅうですが、僕の記憶に残っているのは新入社員時代に『週刊少年マガジン』で永井豪さんを担当していた時のことです。『THIS IS 大介』という作品の原稿をもらってきたら、扉絵が顔のアップだったんですね。ギャグマンガということもあって「このままだと面白くないな」と思って、誰にも言わずに上下を逆転させて校了してしまったんです。そうしたら、めちゃくちゃ怒られましたね。

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