「スタバ打倒」のカギは「個」のサービス――独立系コーヒーショップの挑戦

» 2009年10月21日 08時00分 公開
[石塚しのぶ,INSIGHT NOW!]
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著者プロフィール:石塚しのぶ

ダイナ・サーチ、インク代表取締役。1972年南カリフォルニア大学修士課程卒業。米国企業で職歴を積んだ後、1982年にダイナ・サーチ、インクを設立。以来、ロサンゼルスを拠点に、日米間ビジネスのコンサルティング業に従事している。著書に「『顧客』の時代がやってきた!『売れる仕組み』に革命が起きる(インプレス・コミュニケーションズ)」がある。


 米国のコーヒーショップ市場は110億ドル規模と言われ、過去5年で1.5倍を超える成長を遂げてきた。コーヒー・チェーンの先駆けであるスターバックスが、ラテやモカなどの「プレミアム・コーヒー」で米国人を目覚めさせ、コーヒーショップ市場の需要を押し上げてきたわけだが、その一方で昔ながらの個人経営店を圧迫し、淘汰へと追い込んできたことも事実だ。

 2001年に約62%あった独立系シェアは、年々縮小の一途をたどっている。店舗あたりの売上規模で比べてみても、スタバと独立系とでは天と地の差だ。スタバの店舗が年間1億円相当を売り上げるのに対し、独立系は2000万円程度であると、某米リサーチ会社は報じる。

 「米国で白熱する、プレミアムコーヒー戦争とスタバいじめ」で書いたが、不況や過剰な店舗展開によるブランドの破壊など、諸々の理由でスタバが伸び悩むのを尻目に、マクドナルドやダンキン・ドーナツなど、かつてプレミアム・コーヒーとは縁遠い存在だった大手プレイヤーたちがこの市場に参入し、スタバのシェアを削り取るとともに、独立系の立場をますます苦しいものにしている。そんな中でつい最近、ロサンゼルスの街角で見つけたあるコーヒーショップに独立系の未来を見た。

 シカゴを本拠地に、米国内で8店舗を展開するインテリゲンツィア・コーヒー・アンド・ティーは、「本物」を追い求めるコーヒー好きをターゲットとした独立系チェーンである。同カフェが、ボヘミアン気質と個性的なショップで知られるビーチ沿いのアートの街、アボット・キニー通りにオープンした店舗は、「個のサービス」「エクスペリエンス(感動体験)」「コミュニティ」をキーワードとした斬新な実験的店舗なのだ。

 店に足を踏み入れ、「ここでお待ちください」の表示の前で立ち止まると、バリスタのあいさつで迎えられる。普通のコーヒーショップだったら、その場で注文を取り、コーヒーをいれるところだろうが、インテリゲンツィア・コーヒー・アンド・ティーでは「さあ、こちらへ」と、各バリスタが受け持つ個別カウンターへと誘導される。

 つまり、各バリスタが1人1人の顧客と向き合い、「個のサービス」を提供するという仕組みになっているのだ。まるで、ワインバーのソムリエさながらに、顧客の好みに耳を傾け、お勧めのフレーバーを選んでくれる。アイス・ラテなど冷たいドリンクを作る、バーテンダー顔負けのシェーカーさばきも見ていて楽しい。

 店内は、中央に円を描いてバリスタのカウンターが5〜6個並ぶ。それをぐるりと囲むように、壁沿いにぐるりと客席が設置されて、あたかも劇場にいるような気分にさせる。

 アーティストやファッショニスタ、インテリが集うアボット・キニーの街を意識し、見知らぬ人が隣合わせに座り、気軽な会話に興じる、「コミュニティの空間」を創造すべくして設計された店だという。チェーン店とはいえ、「どこに行っても同じ」という紋切り型の店をつくるのではなく、地域性にこだわった店づくりが心憎く、それが、Web時代のリテーリングの姿だと確信させる。Webの普及で、地域的障壁を取っ払ってどこに居てもありとあらゆる物が手に入る時代になったが、だからこそ「そこにしかない」良さを発揮できる店舗作りを考えなくてはならない。物販業でも、サービス業でもそれは同様だ。

 「本物志向のコーヒー好き」をターゲットとしたビジネスの展開は、ただの「コーヒーショップ」の域にとどまらない。コーヒーの試飲クラス、焙煎所ツアー、プロを目指す人も、アマチュアも参加できるバリスタ・クラスなど、各種イベントも充実している。「おいしいコーヒーを飲ませる」ことだけに固執するのではなく、むしろ、「コーヒーのある暮らし」を顧客に楽しんでもらう、そこに焦点を置くことで他の店と一線を画す。販売もマーケティングも、「特定多数」に訴えることが容易になったWeb時代に、「わたし仕様」を求めるお客様の心をくすぐる「個」のリテーリングの仕組みが、米国では次々と生まれている。(石塚しのぶ)

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