ある特殊な仕掛けが……当世ベストセラー事情あれこれ相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2009年10月01日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『ファンクション7』(講談社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、『完黙 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥津軽編』(小学館文庫)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。


 「雑誌が売れない、まして書籍も売れない」――。

 最近、出版関係者と話をすると、数分に1回の割合で聞こえてくる決まり文句だ。しかし、書店に足を運ぶと、レジ横や入口の目立つ場所に設置された「平台」には、人気作家の作品ややり手ビジネスパーソンが手がけた啓発モノなど、世に言うベストセラーがうず高く積まれている。一般の読者にはあまり知られていないが、こうした作品の何割かは、ある特殊な仕掛けが施されている。今回の時事日想は、当世のベストセラー事情の一端をフォーカスする。

増える“買い取り”出版

 「3000部の買い取りでしたら、すぐに企画を進めます。どうしますか?」――。

 昨年、ある著名ビジネスマンが自らの体験談とノウハウを記した企画書を手に、中堅出版社を訪れた際のこと。対応した編集者が口にした言葉に、著名ビジネスマンは仰天したという。

 このビジネスマンは、月刊誌などに度々寄稿し、新聞やテレビでも頻繁にインタビューを受けるなど実業界では名の知れた人物。だが、今までに単行本を刊行した経験がなく、出版の仕組みを筆者に尋ねていたのだった。

 通常であれば、売り込みを受けた編集者は企画内容を精査し、書籍化が可能と判断すれば正式に執筆を依頼する。その後、校正などの作業を経て、晴れて書籍が刊行されるという段取りを踏むことになる。このビジネスマンもこうしたやりとりを想像していたのだが、実態は厳しかったのだ。

 昨今はご存じの通り未曾有の出版不況。「著名作家や相当に名前が売れた人物の著作でなければ、役員会で出版企画を通すのが極めて難しい」(大手版元編集者)という事情がある。そこでビジネス書が得意な出版社を中心に広がっているのが、「著者の買い取り」がセットになった出版企画なのだ。

 「著者がある程度の部数、例えば2000、3000単位で買い取ってくれることが確実ならば、出版社側のリスクは相当程度軽減できる」(某ビジネス系出版社編集長)という仕組み。例えば、全国チェーンの流通業の社長さんが自らの成功談に関する書籍を出版する際は、「全国の社員やパートさんの大半が自費購入してくれるのが確実なため、買い取りと抱き合わせの出版企画が即座にスタートする」(同)という具合だ。

 また某著名コンサルタントの場合。同氏は数年前からブログを開設し、固定読者を十万人単位で持っている。「次々に新刊が発刊されても、固定読者の2割程度は確実に買ってくれるので、新聞広告で『即時増刷決定!』などの煽り文句が付けやすくなる」(別のビジネス系出版社編集者)というケースもある。

 1万部売れればヒットのご時勢に、こうした「買い取り」という仕掛けを施した書籍の割合が増え続けていく気配が濃厚なのだ。こうした手法を真っ向から批判するつもりはないが、「著者を開拓して世に送り出すという出版社本来の仕事は希薄になっている」(同)ことは間違いない。

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