金融危機を乗り越えるカギは友愛主義だ――アタリ史観とは?郷好文の“うふふ”マーケティング(2/3 ページ)

» 2009年09月24日 08時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

経済恐慌の危機は去ったのか?

 金融危機は「すべての先進国における社会的不平等の拡大」(『金融危機後の世界』)からスタートした。不平等が広がりつつある中、また繰り返すという。

東京日仏会館でのアタリ氏記者会見(内田眞人氏撮影)

 米国では1970年代から借金して消費するライフスタイルが当たり前になった。より貸し付けをするために不動産価格を上げる方策として選ばれたのがサブプライムローン(本来貸せない人に貸す仕組み)であり、右肩上がりの不動産価格を前提とした不動産証券化である。だからストック(不動産)はインフレし、フロー(サラリーマン所得)はデフレするという構図ができあがった。

 個人は低利で家に住み、金融機関は不動産の証券化商品を売るだけではなく自己投資してもうけまくった。それでみんなハッピーだった。だが2000年頃、世界の不動産価格はGDP(国内総生産)の1.5倍にもなった。生産するより不動産の方がデカくなってしまったのだ。不動産の取得金が払えなくなるのは明白だ。ローン延滞が増加しリスクが明らかになったとき、ドミノ倒しで払い手が消えた。

金融業というインサイダーの存在

 その内情を知りつつ、もうける人々もいた。金融業という“インサイダー”である。

 アタリ氏は銀行家・金融業者など専門的な知識で市場を動かし利益を得る人々を“インサイダー”と呼ぶ(「内部情報を知る者」という狭義ではない)。彼ら銀行・金融業の米国企業全体の収益に占める割合は、1960年には14%だったが、2009年には39%になった。債権・株式の時価総額は1980年にはGDPと等しかったが、2006年には2倍になった。

 2倍の魔法の素は、デリバティブという金融派生商品。原資産にさかのぼれないほど複雑怪奇で、高度な金融技術を組み合わせたハイリスク・ハイリターン証券だ。原資の何倍もの投資が行われ、生産より金融がデカくなり「トランプカードの城のように崩れ去った」(『金融危機後の世界』)。

 恐慌後の今、金融業の給料やボーナスを規制する動きが各国に広がるのは、単なる見せしめではなく、富の偏在が金融危機の引き金をひくからである。だがそんな報酬規制でコトは済むのだろうか?

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