コラム
» 2009年09月21日 08時00分 UPDATE

ちきりんの“社会派”で行こう!:“韓流”ドラマで学ぶ韓国文化 (1/3)

『冬のソナタ』を機に、日本でも認知が高まった韓国ドラマ。実際に見てみると、“韓流好き”な人以外にとっても面白いもの。韓国(朝鮮半島)の歴史や文化を知る題材として見ると、学ぶところが多いのです。

[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2005年6月11日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 ちきりんは韓国ドラマが好きなのですが、それらを見て学んだ韓国(朝鮮半島)の歴史や文化がたくさんあります。兵役の様子とか、お辞儀の大事さとか、法事の様子などもドラマを通して知りました。その中のいくつかを紹介してみます。

戦後の混乱と復興の時代について

ah_guki.jpg 『グッキ』

 『グッキ』という“韓国版おしん”みたいなドラマがあります。孤児の女の子(主人公)グッキが、苦労してパン屋を開き成功していく物語です。彼女が10歳くらいの時に日本は敗戦しますが、グッキは小さいので何が起こったのかわかりません。でも周囲の大人たちは大騒ぎしています。

 「何が起こったの?」と聞くグッキにある人が言います。「これからは、ハングルを堂々と使える時代がくるんだ!」

 「ほんとっ!?」とグッキは感激するのですが、大人は続けて言います。「日本との本当の戦いはこれからなんだ。日本は強大な国だ。それに勝とうと思ったら並大抵の努力じゃ無理だ。これからは技術を身につけるんだ、グッキ!」と。

 ちなみにグッキのお父さんは、韓国独立運動のために戦って亡くなります。一方で父の親友は実業家として、日本占領下で日本人と組んでしこたまもうけていました。これら“親日派の実業家”は、日本が敗戦した時には「韓国人としての喜び」と「今後、降りかかる火の粉を恐れる複雑さ」を持っていました。

 戦時下に、貴重なペニシリンを韓国の子どもを助けるために使う日本人医師も登場します。この日本人医師は、非国民として日本の軍部にしょっぴかれます。

 日本人が逃げ帰った後、韓国人たちが日本人の豪邸に入ります。そこにはピアノがある。「すごい、ピアノだ!」と喜ぶ韓国の女の子。「私たちが苦労していた時にこんなものを……、まあ今頃はあいつらもピアノどころじゃないだろうよっ」と吐き捨てる母親。

 日本が出ていっても韓国の経済は混乱を極めます。闇ドルを利用してもうけようとする実業家と政治家。日本からやっと解放された韓国で理想の国作りを目指す人たちの多くは、混乱する時代の中で翻弄され、夢破れ、中には粛清される人もいます。その混乱の中でグッキは成功していきます。そんな時代のとてもいい勉強になります。

学生運動の時代について

 『Ready Go!』という学園ドラマの中には“学生運動の時代に逮捕され、休学して服役していた先輩(386世代※)”が、大学に戻ってくる話があります。彼は合コンやカラオケに浮かれる学生、また成績とTOEICにしか関心がない学生らをうつろに眺めます。時代はすっかり変わってしまったのです。

※386世代……1990年代に30代で(3)、1980年代に大学生で学生運動に参加し(8)、1960年代に生まれた(6)世代のこと。

 彼が昔の仲間に連絡をとると、友人はネズミ講的な商品の販売をしています。「そんな仕事を……」と驚く彼に、友人は言います。「俺たちは時代に捨てられたんだ」と。韓国の学生運動の実録フィルムも回想シーンで使われていて、臨場感があります(ただし、この場面以外は普通の学園ドラマなので、韓国ドラマが好きではない人にお勧めするものではありません)。

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