ニューヨーク店は成功……そして世界戦略の成算は? 「博多 一風堂」河原成美物語(後編)あなたの隣のプロフェッショナル(4/4 ページ)

» 2009年09月04日 12時00分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]
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名門老舗企業経営者にも通じる仏教的世界観

 前編中編でも触れたが、河原さんの世界観・人生観はきわめて仏教的である。

 「若いころは仙人かお坊さんになりたかった」という河原さんは、「地位も名誉もつまらん」「食べることにも執着したくない」「何事においても一切の執着を捨てて精神の輝きを得たい」とずっと思い続けてきたそうだ。

 河原さんはこうも言う。「自分という存在は、社会とか自然とか、自分を取り巻くあらゆる存在と決して切り離された存在などではなくて、あくまでも、その一部であり、一体なのだ」と。

 本連載をお読みくださった方々には既にお分かりの通り、河原さんのこうした世界観・人生観は、日本伝統の主客一如(しゅきゃくいちじょ)の思想そのものである。仏教由来のこの思想は概ね、次のように考える。

 「自分と自分を取り巻く環境は、未分化にして不可分一体の存在である。自分自身も自分の会社も、社会はもとより悠久の歴史や大自然の一部であり、その中で『生かされている』存在なのだ。従って、どんな事情があろうとも、自然を壊したり、大地の恵みを粗末にしたり、自分を取り巻く人々を傷つけてはいけない。この世の中で『生かしてもらっている』ことに、日々、感謝を捧げ、自分を取り巻くあらゆる存在のために貢献することが何よりも大切である」と。

 これは、日本の歴史の中で数百年、あるいは千年を越えても今なお繁栄し続ける老舗企業に共通して見出される経営哲学として、筆者が近年注目しているものである。自己を取り巻く環境との一体化、その一部としての自社という立場をとる以上、環境変化に即して、自分や自社もまた変わり続けなければいけないことになる。

 よって主客一如型経営は、その経営実体において不変貫徹・革新断行を導き出すことになる。まさしく河原さんの経営哲学そのものであろう。

赤丸新味(左)、白丸元味(右)

力の源カンパニーの戦略課題とは?

 すでに述べたように主客一如の経営哲学をもった人材は、筆者の調査・取材で見る限り、上記のような日本伝統の老舗企業だけでなく、まったく無関係な新興企業の若い創業経営者たちに最近、見られるようになってきている。彼らは、決して主客一如ということを意識してそうしているわけではなく、むしろ、日本人のDNAに刻まれた遠い記憶をそれと知らずに呼び起こしているかのようである。

 あるいは、河原さんが手塩にかけて育てた力の源カンパニーのスタッフの中に、すでにそうした人材が何人も見出されているのかもしれない。ただ、いずれにしても、多くの顧客から四半世紀にわたって支持されてきた一風堂を筆頭とする同社の各業態が、世界各国への急拡大後も、そして承継後も、これまでと変わらない支持を得続けるためには主客一如型経営と、その実体的内容としての不変貫徹・革新断行型経営が必須の要件ではないかと、私見ながら思うのである。

 中編で指摘したことであるが、同社の経営をめぐる不変と革新の識別基準について、最も深い部分は、河原さんの内部に言語化されることなく沈潜しているようにも見受けられる。もし、そうした筆者の観察が当たっているのであれば、それをいかに言語化し、形式知として、後継者たちと共有化できるかが重要なポイントになるように思われる。

 日本伝統の老舗企業での承継の例を見るならば、それは言うまでもなく、会議室や研修ルームで修得させられるものではなく、公私にわたって生活を共にする中で、時に家訓として、一子相伝のようなスタイルで体得させられていったものである。

 現代という文脈において、それをどのように行っていくか、河原さんと、同社のスタッフに課せられた課題は大きい。しかし、きっとやり遂げ、我々をまた驚かせてくれるのではないか。そんな気がしてならない。

 →ラーメン界をリードしてきた男は何を作ってきたのか? 「博多 一風堂」河原成美物語(前編)

 →変わらないためには、何を変え、何を守ってきたのか? 「博多 一風堂」河原成美物語(中編)

嶋田淑之(しまだ ひでゆき)

1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」「43の図表でわかる戦略経営」「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。


参考文献

『2018年同じ笑顔で』(河原成美著、力の源カンパニー)

『一風堂の秘密』(河原成美著 経済界)

『風のつぶやき』(河原成美著 力の源カンパニー)

『一風堂 五輪の書』(河原成美著 致知出版社)

『一風堂心得帖』(河原成美著 力の源カンパニー)


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