コラム
» 2009年09月03日 08時00分 UPDATE

相場英雄の時事日想:鳩山政権誕生と政治部記者のメモがなくなる関係 (2/2)

[相場英雄,Business Media 誠]
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メモ体質から脱却せよ

 筆者自身、政治部に在籍した経験はない。だが、他部署から眺めると、政治部というシマは非常に奇妙な場所だったことを記憶している。なぜなら、記者の仕事の大半が「メモ」の作成で占められているからだ。メモとは、政治家の公式な発言、あるいは特定の記者だけを集めた懇談などの場で語られるオフレコ発言を集約し、記録した文字通りのメモのこと。

 有力な政治家の周囲にICレコーダーを突き出した記者が群がる「ブラ下がり」の光景はお馴染みだが、ブラ下がりで得られた発言の一字一句がメモとして残される。朝駆けや夜回りでの政治家の発言も同様だ。従来であれば、与党の重鎮や官邸内部の情報はオートマチックで政治部全体の共有財産となっていた。

 こうした情報が横並びで各社の政治面、あるいは政治がらみのニュース素材として処理されるので、政治をめぐる報道はほぼ横一線、同じ様な内容ばかりに終始してきたわけだ。

 件の某ベテラン政治記者にしても、今まではこうして蓄積されたオフレコ情報などを、テレビや自身の原稿などに反映させることができたのだ。

 しかし、冒頭で触れたように、鳩山次期政権が記者対応をクラブの枠を超えたオープン型に移行させた場合、「従来のメモはあまり重要度を持たなくなってしまう」(同)ことになりそうだ。

 永田町というごくごく限られた地域で実質的に報道管制されていた情報だったが、新政権によってオープン型の対応が執られることになれば、メモに依存し切ってきた従来型の政治記者たちは、初めて自身の嗅覚、取材力をもとに記事を書く必要に迫られることになる。メモを書くことが仕事だと思い込んできた旧来型記者には、相当な試練が待ち受けよう。

 だが、自身の腕っ節で勝負したいと考える向きには、今回の政権交代、オープン型の報道対応は記者自身の名を上げる、ひいては政治面の独自性を発揮できる場となる。こうした好機を逃せば、しがらみの呪縛から逃れられなかった自民党と同様、そのメディア自身も瓦解する公算が高いと言ったら言い過ぎだろうか。

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