経費ゼロに耐えられるか……記者は自腹取材で鍛えられる相場英雄の時事日想(1/2 ページ)

» 2009年08月20日 07時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『株価操縦』(ダイヤモンド社)、『ファンクション7』(講談社)、『偽装通貨』(東京書籍)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 奥会津三泣き 因習の殺意』(小学館文庫)、『みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎 佐渡・酒田殺人航路』(双葉社)、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載中。


 筆者担当の時事日想・第1回目では、巨額赤字を計上した大手マスコミ界の現状に触れた(関連記事)。「テメェごときが何様のつもりだ」といったお叱りをいただいたが、これくらいで凹む筆者ではない。今回は、巨額赤字の次にくるモノをテーマに考えてみたい。

 次にくるモノとは、ずばり経費削減だ。元々メディア界の人件費や取材経費は割高だとみなされてきたが、いよいよこれが待ったなしで若い記者、あるいは編集者諸君を襲うことになる。経費削減、ひいてはその次にくる人的資源に対する刈り込みが始まったとき、キミは耐えられるだろうか。

巨額赤字で聖域にメス

 「ウチの部署は黒字なんだけど、全社的な命令だからご理解のほどを」――。

 過日、某大手出版社の編集者と新宿の安酒場で打ち合わせをしたときのこと。同社では幹部級の肩書きを持つ編集者がバツの悪そうな顔で筆者に告げた。

 全社的な命令とは、創業以来の赤字転落に仰天した経営トップから発せられた経費削減のお達しを指す。従来使っていたレストランやバー、あるいはクラブでの打ち合わせが不可能となったので、単価の安い居酒屋でゴメン、というのが編集者のわびの背後にあった。

 同編集者が所属する部署はヒット作連発の優良部署であり、経費に関してとやかく言われたことなどなかったというが、昨今の出版不況で従来比数%の経費削減が言い渡されたという。赤字部門ではこの比率がもっと高まるのだとか。

 閑話休題。

 筆者が以前在籍していた組織は、交通費以外の取材経費は実質ゼロだった。記者クラブ単位で経費をプールしていたこともあったが、ファンド管理者であるキャップに誰と飲んだか尋ねられるのがイヤで、利用したことはなかった。同僚にさえネタ元を明かしたくないという記者の習性に他ならない。

 ネタを抜くにはカネがかかる。取材対象者を昼間のオフィスに訪ねても周囲の目を気にされ、スクープにつながる素材が出てくる確率は格段に低かった。そうなると酒席にネタ元を招き、ざっくばらんに話を聞くふりをしながら、スクープのタネを引き出すという手段に移行せざるを得なかったからだ。

 大半の大手在京紙は、記者1人あたり月に数万円の経費が認められていた。しかし、筆者の古巣はこうした経費を出してくれなかった。必然的に居酒屋や馴染みの安スナックの支払いはすべて自腹だ。ひと月当たり10万円の出費は当たり前で、大きな案件にとりかかり、他社との競争が過熱した際などは、20万円程度に達することすらあった。

 もちろんこのコストを給与で賄えるはずもない。なのでペンネームで雑誌に連載を持つ、あるいは週刊誌記者の取材協力者として「業界事情通」やら「大手マスコミ記者」などの形でコメントを寄せ、これらのギャラで凌(しの)いだ。筆者の古巣のほか、経費に厳しかった一部の在京紙記者がこうした「アルバイト原稿」の数を競っていたのは業界では有名な話だ。

 昨今の不況で出版社や新聞社、あるいはテレビ報道の現場が経費削減に恐れおののいているが、筆者が経験した自腹取材はすぐ目の前に迫っていることを若手記者、あるいは若手の編集者諸君に改めて自覚してもらいたいのだ。

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