著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
景気は下げ止まってきたことはどうやら明白だが、回復軌道に乗るのはいつかということになると世界的にもはっきりした道筋は見えない。
第一、昨年から急速に悪化した金融危機が終わったのかどうかというと、それもどうも心許ないかぎりなのである。米国で問題になっているのは商業用不動産。消費者が財布のヒモを締めているために、商業用不動産の収入が戻らず、そのために銀行借り入れの返済が滞りがちになっているようだ。このため大手銀行では、商業用不動産貸付の償却が増えている。
商業銀行のウェルズファーゴでは、商業用不動産に関わる不良債権が、この第2四半期に45億ドルから76億ドルに実に69%も増加した。投資銀行のモルガン・スタンレーでは、第2四半期に7億ドルの償却損を出した。同行のCFO(財務責任者)のカーム・ケヘラー氏は「商業用不動産のトンネルの向こうにまだ明かりは見えない」と語ったとフィナンシャルタイムズ紙は報じている。
第二に、景気回復が著しいとされる中国が、本当にこのまま行けるのかどうか。第2四半期には前年比7.9%と彼らが目標とする8%成長に近付いた。昨年秋に発表した総額4兆元という景気刺激策が効果を上げているのは明らかである。しかし、よく言われているのは、4兆元のほぼ半分を占める中央政府の分は資金手当もついて、どんどん支出されているが、地方政府の分は資金のめどが立っていないものも多いという。もしこの資金調達でつまずいて、中国の長期金利が上昇するようなことになれば、景気回復に水が差される。
それだけではない。中国の内需が回復しても、輸出市場である米国や欧州の消費が回復しないことには、中国から製品が出て行かない。今は、政府のかけ声で企業に対する融資も異例のスピードで増えているから、何とか在庫を抱えてもやっていけるだろうが、これからはそうもいくまい。そのときには、中国の「景気刺激バブル」がはじける可能性もあるのである。
第三に先進国(日本も含む)の景気が下げ止まったといっても、雇用はいまだに下げ止まってない。むしろ逆に雇用情勢はますます厳しくなりそうなのである。そして雇用が厳しくなれば、当然のことながら消費の回復は遅れる。株価は企業業績の回復見込みを好感して上げているが、消費が回復しなければ企業業績もすぐに頭打ちになってしまうだろう。
日本での象徴的な出来事は、キリンとサントリーの経営統合構想である。飲料で勝ち組とされる両社の経営統合は、要するに国内の需要減退を見込んで、世界で競争していくための経営統合である。そうなれば国内の工場や流通網に関しては、必ず合理化の対象になるはずだ。当然、人員についてもドラスチックな削減に踏み切るのかどうかは別にして、必ず減る方向である。このような経営統合はこれから先もさらに進むだろう。結果として、雇用情勢はますます厳しくなる。
そうした意味では、日本の現在の状況は循環的なものというよりは構造的なものだということになる。麻生総理は、横浜で行われた青年会議所の会合で演説し、「高齢者に雇用を与えて働いてもらう」と主張した。高齢者に働いてもらうことで納税してもらい、税収を増やすというもっともらしい主張だが、高齢者に回す雇用があるのかどうか、その辺りを麻生総理も考えてみる必要があるのではないだろうか。もっとも、総選挙で負けてしまえば、それを考えるのは民主党に任せればいい話なのかもしれないが。
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