ファイナンス理論を身に付けると株でもうけられる?財務で読む気になる数字

» 2009年07月08日 07時00分 公開
[斎藤忠久,GLOBIS.JP]

斎藤忠久の「財務で読む気になる数字」とは?

グロービス・マネジメント・スクールそしてグロービス経営大学院で教鞭を執る、斎藤忠久氏による新連載。ファイナンスの観点から話題になったニュースを独自の視点で読み解くコラム。

※本記事は、GLOBIS.JPにおいて、2009年7月1日に掲載されたものです。斎藤氏の最新の記事はGLOBIS.JPで読むことができます。


 経営大学院でファイナンス理論を教えていると、必ず学生から「ファイナンス理論をマスターすると株式投資でもうけられるのでしょうね?」という質問を受ける。このような質問に対する私の回答はいつも決まっている。「それが事実なら、私はここで皆さんにファイナンス理論を教えていないで、PCの前で株式の売買をしているでしょうね」。

株式投資はリスクが高いがリターンも高い

 ファイナンス理論はむしろ、株式投資で大もうけすることは難しいことを教えてくれる。株式は、企業が公表した事実はすべてその株価に織り込んでおり、公表されていないインサイダー情報を知らない限り、まぐれ当たりは別として、特定の株式を売買して継続的に大もうけすることはできない。しかし、未公表の重要事実をもとに株式を売買することはインサイダー取引となり、法律で厳しく規制されている。

 「ランダムウォーク」という言葉があるが、株価は新しい重要事実が公表されるたびに上下し、この結果、株価がどうなるかを予測することは、インサイダー情報を持っていない限り不可能である。さらに強い株価理論にいたっては、株価は公表されていない将来の事実もすべて織り込んでいるとしており、株価がどのように動くかは全く予測不可能である。

 それでは株式投資は無益かというとそうではない。株式投資は確かにリスクが高いが、リターンも高く、長期間保有していれば国債等などの無リスク資産に投資するよりもリターンはかなり高くなる。

 例えば、年利1.5%の国債に投資し、30年間保有(利息は同じ金利水準で国債に再投資)した場合、100万円の元本は30年後には156万円となる(=100万円×(1+1.5%)^30)。

 一方、期待利回り(単利)が6%、良い年は21%、普通の年は6%、悪い年は−9%の年間収益率が期待できる株式に投資したとする。十分に長い期間投資を継続し、良い年、普通の年、悪い年の発生確率がそれぞれ3分の1ずつとすれば、その年間平均利回り(複利ベース)は5.29%(=((1+21%)×(1+6%)×(1−9%))^(1/3)−1)となる。30年間投資を継続したとすると、当初の元本100万円は30年後には469万円(=100×(1+5.29%)^30)に増加する。良い、普通、悪いの3パターンが均等の確率で出現している限りは、このパターンの時系列的な組み合わせがどのようになろうと、30年後の元本額は変わらない。

 しかしながら、短い期間しか投資できない場合は、これらのパターンの出現確率が1/3ずつとなる保証はない。例えば1年間だけだと−9%かもしれないし、2年間であれば−9%が連続するかもしれない。

理論上は「果報は寝て待て」

 このことは、年間の平均収益率が期待収益率に収れんするだけの十分に長い期間、投資を継続できるのであれば、リスクの高い、したがって利回りの高い資産ほど、累積ベースでの投資利回りは高くなるということを示している。反対に、リスクの高い(年間の利回りの変動幅が大きい)資産ほど、短期投資は危険であると言える。

 株式投資には余裕資金を充当し、極端なことを言えば、一旦投資したら忘れてしまい、新聞の株価欄は見ないようにすることが株式投資の秘けつで、果報は寝て待てということである。

 ただし、ここで上述のファイナンス理論の前提条件に若干の問題があることに言及せねばならない。ファイナンス理論では、リスク性資産の年間投資収益率の分布は正規分布になると想定している。しかしながら、実際には100年に1度といわれる金融危機や経済危機がもっと高い頻度で発生しているように、実際の発生確率分布はベキ(ベイシアン)分布といって一方方向にすその長い分布となっている。株価に関しても極端な株価上昇は少ないが、大幅な株価下落は結構な頻度で起こっていることがそれを証明している。

 現在の株価水準は28年前の水準でしかなく、28年前に日経225に投資したと仮定すると28年間のリターンはゼロとなる。100年に一回の未曽有の金融・経済危機を恐れて株式投資をやめるというのも手ではあるが、それでも、株式以外のリスク性資産(一例を挙げれば、金のようにできるだけ株式市場とは同じようには反応しない資産)も投資対象に含め、そして地域的には日本だけでなく国際的に分散投資するほうが賢明であろう。

斎藤忠久(Tadahisa Saito)

東京外国語大学英米語学科(国際関係専修)卒業後フランス・リヨン大学経済学部留学、シカゴ大学にてMBA(High Honors)修了。富士銀行(現在のみずほフィナンシャルグループ)を経て、富士ナショナルシティ・コンサルティング(現在のみずほ総合研究所)に出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、ナカミチにて経営企画、海外営業、営業業務、経理・財務等々の幅広い業務分野を担当、取締役経理部長兼経営企画室長を経て米国持ち株子会社にて副社長兼CFOを歴任。

その後、米国通信系のベンチャー企業であるパケットビデオ社で国際財務担当上級副社長として日本法人の設立・立上、日本法人の代表取締役社長を務めた後、エンターテインメント系コンテンツのベンチャー企業である株式会社アットマークの専務取締役を経て、現在エムティーアイ(JASDAQ上場)取締役兼執行役員専務、コーポレート・サービス本部長。


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