やはり日本はバランスが……新型インフルエンザにみる危機管理松田雅央の時事日想(1/2 ページ)

» 2009年06月03日 07時00分 公開
[松田雅央,Business Media 誠]

松田雅央(まつだまさひろ):ドイツ・カールスルーエ市在住ジャーナリスト。東京都立大学工学研究科大学院修了後、1995年渡独。ドイツ及び欧州の環境活動やまちづくりをテーマに、執筆、講演、研究調査、視察コーディネートを行う。記事連載「EUレポート(日本経済研究所/月報)」、「環境・エネルギー先端レポート(ドイチェ・アセット・マネジメント株式会社/月次ニュースレター)」、著書に「環境先進国ドイツの今」、「ドイツ・人が主役のまちづくり」など。ドイツ・ジャーナリスト協会(DJV)会員。公式サイト:「ドイツ環境情報のページ(http://www.umwelt.jp/)


 「社会生活の通常化は実質的に始まった」(兵庫県知事)というように新型インフルエンザの感染拡大はだいぶ落ち着いたが、新たな感染者の報告は今なお続いている。

 こちらドイツでも感染者は散発的に見つかっており、ロバート・コッホ研究所の速報によれば(関連リンク)、5月29日以降の3日間だけでも6人(男性5人、女性1人)の感染が確認された。5人は米国での感染(国籍、滞在目的などの記述はなし)、1人は家族からの感染である。累計感染者は28人で、うち13人は米国から、9人はメキシコからとなっている。

 日本の感染者累計364人(5月28日現在)と比べてドイツの感染者は1ケタほど少なく、その分だけ社会的影響は小さい。それは確かなのだが、両国の対応を比較すると感染者数の大小よりもっと根本的なところに差があるようだ。利益・不利益のバランスという切り口で、日独の危機管理を考えてみよう。

メディアでの小さな扱い

 はじめに断っておくが、決して感染症に対するドイツ人の警戒心が薄いわけではない。

 2001年に英国で口蹄病(こうてい病)が発生した際には「英国から到着した飛行機の搭乗客は靴底を消毒液で洗う」「動物(偶蹄類:ぐうているい)に感染しやすいため動物園が閉鎖される」など、ドイツでも徹底的な対策が取られた。今回の新型インフルエンザも当初は2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)と比較して警戒を呼びかける報道が目立ったが、ほどなく「症状が比較的軽い」「他のインフルエンザと比べ感染性が特に高いわけではない」という認識が広がり、落ち着いた対応がとられている。ここ3週間ほど、メディアでの扱いは非常に小さい。

 筆者は海外にいるため限られた情報しか持たないが、日本の対応は「社会的混乱」と言えるほど際立って見える。

 「メキシコ産豚肉使用の『豚テキ定食』一時中止」(4月21日 読売新聞)、「新型インフル 休校・休園は9都府県で4874校に」(5月21日 朝日コム)などは、やはり極端だろう。「(感染者が出た)学校関係者や生徒、保護者らが誹謗(ひぼう)中傷などを受けている」(5月27日 朝日コム)はナンセンスだし、感染者が1名出たという理由で同じビルで働く70人の従業員を一斉自宅待機とした企業の反応は過剰だ。

 私事ではあるが、5月中旬に予定されていた日本のとある企業(世界的な家電会社)の訪独視察が急遽中止となり、筆者が視察をお願いしていた相手先に断りの連絡を入れなければならなくなった。会社として「海外出張の全面禁止」を決めたそうだが、累計感染者が30名に満たないドイツへの渡航まで一律に自粛する感覚には疑問を感じる。この時期に社員が感染し「…社の社員が海外出張で新型インフルエンザに感染」と報道された場合のイメージダウンを恐れたのか。こちらの視察相手先には正直に理由を伝えたが、さぞかし不思議に思ったことだろう。

利益・不利益のバランス

 日本の対応について一番気になるのは利益・不利益のバランスのとり方だ。万全の対策を敷けば感染拡大を最小に抑えられるが、行き過ぎると社会的な利益よりも経済的な損失が上回りかねない。関西に限っても経済損失は700億円を上回ると試算されている。

 インフルエンザとは全く関係ないのだが、利益・不利益のバランスに関してドイツ社会がどのような感覚を持っているのか、トラム(路面電車)を例に解説してみたい

 ドイツのトラムは乗車の際、運転手に乗車券を見せる必要がなく、複数あるどのドアから乗り降りしてもいい。停留所で数十人が乗るような場合、いちいち運転手に乗車券を見せていたら時間ばかり取られるから、停車時間を短縮するためこのようなシステムになっている。

乗り降り自由なドイツのトラム
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