20代アニメーターの平均月収は10万円以下――アニメ産業が抱える問題点とは?JAniCAシンポジウム2009(3/7 ページ)

» 2009年05月28日 07時10分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

収入は「低すぎる」のひと言

――次に低賃金について触れてみたいと思います。今回の調査でシナリオや絵コンテ、監督、演出、作画監督、原画、動画など各職種について横断的に平均単価が初めて明らかになったと思います。これをご覧になって神村さんはどのように感じられましたか?

神村 ここに経営者の皆さまも来ているかもしれませんが、先ほど労働時間が意外と長くなくてほっとしたかもしれませんが、収入はやはり「低すぎる」のひと言です。アニメーター側から言わせてもらうと、一般社会の収入と比べて低すぎると思います。

収入(左)、作業単価(右)

――ほかの映像産業、映画やドラマと比較する視点が必要だと思いますが、浜野先生、コメントをいただけますか?

東京大学の浜野保樹教授

浜野 比較対象として良いかどうかは分からないのですが、バラエティに良く出ている関西のお笑い芸人はギャラが1公演500円です。才能に依存する職業はある程度の試行期間が必要だし、実演芸術の方は自分たちでアルバイトをして貯めたお金を払ってまでやっているんですね。私は映画に関わっていたのですが、例えば今村昌平監督は貧乏で、奥様がアニメーションの会社を作って食べさせていたというのが映画界の伝説なんです。アニメーション業界は豊かだと、私は映画から見ていた立場からずっと思っていました。

 (アニメーターの収入が低いのは)「社長がいっぱい取りすぎているから」「有名な方が取りすぎているから」と言いますが、海外に目を向けると、米国の有名な会社の会長はボーナスを毎年200億円もらっているんですね。それは強欲ですが、日本のアニメーションの会社は取りたくても取れないというのはありますが、(経営者の給料もそれほど高くないので)賃金格差はそんなに大きくないんです。

――アニメーション業界の賃金格差を語る場合には、アニメーション制作が基本的に単価制で行われているため、単価制についても触れる必要があると思います。神村さん、いかがでしょうか?

神村 売れない芸人は(ギャラが)500円でも、売れる人はすごくもらうわけですよね。アニメーターの場合はそれがなくて、どんなに力量があっても同一の単価というのが非常に問題になっています。

 これは今回、数値では出ていないのですが、自由記述で尋ねた仕事上の悩みで非常に多かったのが、「誰でもどんな仕事でも同じ値段だ」という意見がかなり出ていました。これについては井上(俊之)さんがいつも言っていることなので、聞いてほしいのですが。

――会場に著名なアニメーターの井上さんがおいでいただいているので、ご意見お願いします。

井上 僕も自由記述のところにそういう悩みを書いた人間なのですが、神村さんがおっしゃったように、アニメーターの実態としては、上手であってもそうでなくても基本的には同一単価で仕事をしているんですね。

 そのことは昔はそれほど問題には感じてなかったんです。僕がアニメーターを始めた30年くらい前には、1つの作品に関わる時に発注される原画は大体100カット前後が普通のことでした。今ここに来ている若い人はその数字を聞いて驚くと思います。僕が入ったころで100カットくらい、それ以前であればもっと多くのカット数が発注されていたし、僕が入ったころは「1カ月に150カットくらい描いて一人前だ」とずっと先輩から言われていました。僕はなかなかこなすことができなくて、1カ月に100〜120カットくらいが限界だったのですが、当時はそのくらいは1カ月でこなす量としては普通だったんですね。今の20〜30代の人は信じられないと思うかもしれませんが。

 最近では1カ月でこなす量は、60カットくらいが標準的な数字だと思います。もちろん、もっと大量にこなす人はいるかもしれないですし、もっと少ない人もいるかと思いますが、一人前の原画マンとしてやっていても50〜60カットくらいが限界になってきています。

 また、1つの作品で発注されるカット数が細切れになる傾向が10年くらい前から顕著になったと思います。1話当たり10〜20カットしか仕事が発注されないことが多いのです。アニメーター側にとって問題だと思うのは、カット数で発注する場合、上手なアニメーターにはその作品の中で比較的難易度の高いところをお願いすることになります。3〜4つ掛け持ちした場合、それぞれの作品の難易度の高いところばかりをトータル50カットぐらい(受注することになる)。

 昔はまとめて100カット受注すると、3カットくらいは難易度が高くても、ほかは平易なカットが混じっていました。難易度が高いカットは制作時間がかかって割に合わないのですが、その分、たくさん受注した中にあった平易なカットを短時間でこなすことによって、何とか収入をキープしていたようなところがありました。

 今、細切れに発注されることが非常に多くなっていて、1本の作品の中でたくさんのアニメーターが関わっているんですよね。テレビで放映される1話当たり20〜30人、もっと多いケースもあると思いますが、1話作るのにそれくらいのアニメーターが関わるようになっていることからも分かるように、1話当たりの発注量が細切れになっています。

 このことは業界全体で改善していこうとしない限りは(変わらない)。若いアニメーターにとっては、テレビの仕事を受ける時に1話当たり10〜20カットというのは当たり前のことになっていて、そういうものだと思い込んでいる節もあると思うんですね。

 そのことはいろんな問題を含んでいて、収入面でもそうですし、偏りが出てしまうということもそうですし、未熟なアニメーターはずっと平易なカットばっかり発注されて、難易度が高いカットをやる経験ができないまま、技能が向上しないという面もあります。難易度が高いカットを何とかこなすことによって技能を上げていくという側面もあるので、今のような細切れ発注が続くと、技能の向上面でも問題だし、技能の高いアニメーターにとっては発注される仕事の難易度が高くて収入面での負担が大きいということで、非常に問題だと思っています。

仕事上の悩み

――難易度が高いカットは割に合わないという発言がありましたが、これはどういうことを意味するのでしょうか?

神村 時間がかかる上に、クオリティの要求水準が非常に高くなってきます。難しいシーンはやはりその話の売りなので、どうしても要求が厳しくなるんですね。だから「クオリティと単価が全然釣り合っていない」と私は思っています。

竹内 僕は経営者なので、単純に単価を上げることには賛成できません。ただ、「(単価の)バランスを変えることをみんなで考えましょう」という話はできると思います。

 井上さんがおっしゃられたことは単純に言えば、「ある一定量を持たせてくれれば、そこに大変なものも簡単なものもある。だからバランスがとれる」ということですよね。しかし、今そういう状況にないので、技量の高い人は大変なものをやって、技量の低い人は簡単なものをやると。

 だからもし許されるのであれば、技量の高い人、もしくは大変なカットをやる人にプラスのお金をあげて、総予算が決まっているので申し訳ないけど技量の低い人にはお金をマイナスにするという発想が出てくるんです。

 ただ、もう1つ強烈なことを言ってしまうと、僕は井上さんだったら信用しますよ。「信用しますよ」というのも失礼な話なのですが、アニメーターもたくさんいて、スケジュールを守らない、内容悪いという人は現実にいるんです。そうすると、さっきのバランスの話からすると、お金払う方としては「あなたは満足なことを返してくれたから、満足なお金を払いましょう。だけど満足できなかったら、俺金払えないよ」という選択もあっていいと思うわけです。でも、これも今は下請法でできないんですよ、会社の議論だけ言って申し訳ないのですが。僕は単価を上げることは可能ではあると思います。

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